【生物工学科】生物工学って何だろう?

【生物工学科】生物工学って何だろう?

生物工学って何だろう?生物工学科という名前を聞いたときに、誰でも感じる疑問だと思います。この疑問に答えること、それは私たち生物工学科の存在意義を問うことに他なりません。ちょっと気合が入りすぎて長いですが、このブログを通して、高校生の皆さんには、分野を選択するための情報として役に立てばいいなぁと思います。生物工学はたくさんの未来が詰まった学問です生物工学科の佐藤が、生物工学の魅力について解説します。ニホンテンのテンちゃんのアイキャッチ画像に魅かれてこのブログに導かれた皆さん、少しの間お付き合いください。

お酒からはじまる発酵食品

約1万年前、氷河期が終わり暖かくなったことで、次第に狩猟採集から定住生活に変わってきて、人々が集団で暮らし始めました。微生物の存在なんて想像もできなかった時代です。そんな折、人々が農業を営み始め、穀物からアルコールができることを発見しました。アルコールには殺菌作用もありますし、汚い水よりもアルコールでのどの渇きをいやしたのかもしれません。また、自分の知らない人たちとも一緒に生きていかなければならない社会の中で、お酒というのは人々のコミュニケーションに多少なりとも役に立ったのではないかなと想像したくなります。今や、肉眼では見えない小さき生き物「酵母」が発酵という自らが生き延びるための手段として、アルコールをつくり出すことが分かっています。

私たち生物工学科の教育における一つの柱は「発酵」です。微生物の発酵を利用した食品製造は、最も古い歴史のある生物工学です。発酵を学ぶことは、生物工学の歴史を学ぶことに等しいのです。生物工学科でも、2年次の果樹栽培加工実習と3年次の生物資源・生産実験で、ブドウの栽培から収穫、そして赤ワイン製造までを学びます。実験を通して学んだ知識や技術を活かして、ワイナリー等の発酵産業への就職に有利になります。下の写真と動画は、実習でブドウを破砕する様子とワイナリーに就職した卒業生です。

微生物に物質を作らせる

私たちが酵素と聞くと、酵素パワーの洗剤を思い出すかもしれませんが、汚れを分解してくれるタンパク質分解酵素のように、私たちの生活に役に立つ物質をどんどん生産するのに微生物は活躍しています。一昔前までは感染症が最も高い死因でしたが、微生物がつくる抗生物質のおかげで死因が変わるまで私たちの生活が変わりました。その昔、クロコウジカビを使ったクエン酸の生産は、レモンを原料とするクエン酸製造法を廃れさせました。微生物を使った物質生産は、生物工学分野の花形分野の一つなのです。

生物工学科にも、微生物とその物質生産に関する講義・実習があります。たとえば、2年次の微生物実験では微生物の培養方法を学び、そして3年生の生物資源・生産実験では青カビを使って抗生物質であるペニシリンを作り、クロコウジカビを使って洗剤の添加物として使われるグルコン酸を作る実験を行います。こうした技術を学ぶことで、社会に有用な物質を生産する技術を身に付けることができます。下の動画と写真は、広岡教授が微生物を培養する様子です。

変幻自在の遺伝子工学

遺伝情報を担う物質がDNAです。1950年代以降、DNAを研究する分野の進展は目を見張るものがあります。今や、DNAを切ったり、張り付けたり、遺伝子を異なる生き物の中に移してその中で働かせたり、生き物が持つ遺伝子を改良したり、変幻自在に手を加えることができます。たとえば、細菌が持っている環状のDNAを切って、そこに血糖を抑えるインスリンを作る遺伝子DNAをつなぎ合わせ、それを細菌の中で働かせるとインスリンを作ってくれます。なんと、ヒトのインスリンのタンパク質を細菌で作らせることもできるのです!これはもちろん、糖尿病患者の血糖を下げる薬として使われています。遺伝子組換え技術(遺伝子工学)は、意外と私たちの生活の身近なところで沢山利用されています。洗剤に配合されている酵素、医薬品、バイオプラスチック、バイオ燃料など様々な物質を生産することができます。

生物工学科では、3年次の遺伝子科学実験で、DNAを切る制限酵素(ハサミ)とDNAをつなぎ合わせるDNA連結酵素(ノリ)を使用して、大腸菌のDNAに発光クラゲの遺伝子をつなぎ合わせたDNAを作り、このDNAを大腸菌に導入し、大腸菌を発光させるといった遺伝子クローニングの手法を学びます。異なる種類の生物の遺伝子に大腸菌の中で働いてもらう技術です。こうした技術を学ぶことで、社会では製薬、化学、エネルギーなどの分野で役に立つ技術を身に付けることができます。下の写真は、遺伝子クローニングの実習風景です。

生物工学と環境

生きものの力は、環境分野でも利用されています。下水処理場には、私たちの活動により廃棄された様々な有機物質がたどり着きます。そこで、微生物たちが有機物質を二酸化炭素と水に変換してくれるのです。また、いろいろな分野で化学物質を計測するセンサーに種々の微生物が利用されています。

生物工学科では、3年次の環境分析学や環境分析学実験で水質調査法を学びます。たとえば、キャンパス内の池の水質を調査するのに、BOD(生物化学的酸素要求量)、つまり微生物が有機物質を分解するのに使った酸素の量を測ることや、様々な金属等の無機物質を測ることを実習します。こうした技術を学ぶことで、水環境の汚染度合いを測定する環境アセスメントの分野で役に立つ技術を身に付けることができます。水質調査は、調査対象から調査項目(測定手法も含む)について自ら調べて実践し、プレゼンテーションまで行い、測定技術だけでなく環境問題についての理解を深めてもらいます。下の写真は、今年のプレゼンテーションの様子とスライドの一部です。また、在学中に「環境測定分析士3級」の資格を取得することもできます。

生物工学と食糧生産

生物工学は、食糧問題にも大きく貢献します。分化全能性って知っていますか?たとえば、植物の茎の細胞では茎特有の遺伝子が働いて、茎として存在していますが、実はその細胞は茎以外の細胞で働く全ての遺伝子を備えているのです。茎を茎になる前の細胞に戻してあげて、植物ホルモンを駆使することで、茎の一部から完全な植物体を作ることができます。分化全能性とは、どんな細胞にもなることができる能力ということですね。動物でよく話に聞く幹細胞と似ています。この技術で観賞用の花を作ることもできますので、園芸分野にも大きな影響があります。また、希少植物の保護にも役に立ちそうですね。

生物工学科では、1年次の植物栽培実習で実際に農作物を育て、3年次の細胞生物学実験で植物ホルモンの働きについて学び、植物の成長についてより詳しく学びます。ジベレリンやアブシジン酸が、植物の成長にどのような役割を持つのかを調べてもらいます。こうした技術を学ぶことで、植物はどのようにしたらうまく成長するのかといった食糧生産に役に立つ技術を身に付けることができます。下の写真は、植物細胞工学研究室の研究対象の未分化植物細胞カルスです。

生物工学と医療・健康

PCR検査や抗体検査などなど、新型コロナウイルス蔓延の影響で、様々なバイオテクノロジーの用語が巷に溢れています。そうです。医療や健康に関わる検査の現場で活躍しているのがバイオテクノロジーです。たとえば、PCRは熱に強いバクテリアが自ら増殖するときに使うDNA合成酵素を使って、試験管の中で目的のDNAを数千万倍以上にも増やす方法です。ほんの少しのウイルスの存在を明らかにできるのは、PCRのおかげなのです。抗体も私たちの免疫細胞がつくる物質で、抗体が結合する“敵(抗原)”が決まっています。この性質を利用して、新型コロナウイルスの存在を検査しているわけです。

生物工学科では、3年次の生物多様性実習(内容は医療・健康分野ではなく環境分野の実習です)で、DNAの抽出からPCR、そしてDNA塩基配列の解読までの技術を学びます。こうした技術を学ぶことで、現在の新型コロナウイルス関連のDNA実験にも精通することができますし、その他の医療・健康分野、そして生物工学全般の分野で役に立つ技術を身に付けることができます。3年次の講義の環境ゲノム学では、最新の次世代シークエンサーを使った環境DNA技術も学びます。下の写真は、PCRを行おうとしているところです。

生物工学と社会

上で述べてきたように、生物工学は様々な社会で活躍している技術です。上で述べた以外の応用例も、挙げるときりがありません。たとえば、抗体を使った妊娠検査など各種検査でバイオテクノロジーは活躍していますし、法医学の分野ではDNAがますます犯罪捜査で重要な証拠となっています。また、iPS細胞を使った再生医療も社会に浸透していますし、そしてなんといっても私たちの遺伝情報全て(ゲノム)を解読したということは、バイオテクノロジー分野の特筆すべき成果です。その成果は医療分野にも大きな貢献をしています。さらに、技術革新もとても速く、次世代シークエンサーにより生き物のゲノムが数日のうちに解読できるようになりました。そして、ゲノム編集技術により、ゲノムの中の一つ一つの遺伝子の機能を理解できるようになってきています。バイオテクノロジーが、進化生物学(ブログ)や生態学(1分youtube)のようなマクロ生物学分野に与えた影響もはかり知れません。今後も、生物工学やバイオテクノロジーは、私たちの社会にもっともっと影響を与える技術になっていくことでしょう。

生物工学はたくさんの未来が詰まった学問です

高校生の皆さん、生物工学科で学び終えると、以上述べてきた知識と技術を武器に社会で戦えます。これほど多様な技術を身に付けることのできる学科はなかなかないですよ!生物工学は、成熟し、かつ発展著しい分野です。生物工学の存在しない世界はもはや考えられません

最後に!2年前にもブログで学科紹介を行いました。こちらもどうぞご覧ください。SDGsと生物工学科の研究についてのブログはこちらからご覧ください。最近、生物工学科ではyoutubeチャンネルを開設しました。少しずつコンテンツを増やしていきますので、興味のある皆さんは、是非ご覧ください。そして、8月22日(日)のキャンパス見学会はオンラインとなりましたが、皆様の参加をお待ちしています。テーマは、酵母のアルコール発酵とバイオです。

 

 

学長から一言:4000字を越え、おそらくブログ記事としては最長の部類かと思われる、生物工学の魅力満載のメッセージ。引き込まれ、一気に読みました。この学問領域が酒をはじめとする発酵食品や広く食糧生産、近頃はすっかり日常用語になったPCR検査や医薬品を含む遺伝子工学の成果、環境保全などなど、私たちの生活のほとんどの分野に深い関わりを持っている事実に改めて気付かされました。若返ることができるなら、私も一から学び、そのどこかに関わってみたい気になります。高校生の皆さんにも生物工学の面白さを味わってもらいたいものですね。