
【海洋生物科学科】イソギンチャクが“子供返り”した!? ~1世紀を超えて、ムカシギンチャク科の新属新種を発表
海洋生物科学科の泉貴人講師らのグループはこの4月、鳥羽水族館で飼育されていた超小型のイソギンチャク「ゲンシカイキ」を新属新種として発表しました。学名・種名ともに非常に趣を凝らして命名されたこの種ですが、イソギンチャクの進化の観点からも実に面白い種のようで…。今回は泉講師から、不思議な新種イソギンチャクについての紹介です(投稿はブログメンバーの山岸)。
手前味噌ですが、この泉、現代日本のイソギンチャク研究の第一人者の一人です。最近は日本の顔にも選ばれるほど活躍しています。そんな私が今回発表したのは、三重県沖の熊野灘から採れた、ミステリアスなイソギンチャク(写真1)でした。
刺胞動物に属するイソギンチャクは、水族館でもよく展示されるような有名な生物である一方、新種が続々と発見されるグループです。中にはなんと、水族館で新種が発見されることもあり、本ブログでも過去に、沖縄美ら海水族館から発見した新種をリポートしたことがあります。

写真1.ゲンシカイキ Neotenactis amateras 提供:森滝丈也氏(鳥羽水族館)
1世紀をこえた“超”大発見
そんな泉はこの度、鳥羽水族館の飼育員である森滝丈也氏とともに、鳥羽水族館の水槽(写真2)に飼育されていた超小型のイソギンチャクを、新種として発表しました。熊野灘から採集されていた本種は、体長わずか7,8ミリメートルで、とても単純な姿形をしています。私が標本の形態を観察し、DNAを解析した結果、この種はムカシギンチャク科の未記載種であることが判明しました。この科は今までに世界から2属2種が記録されていますが、1891年(19世紀)以来、一切の種の追加が為されていませんでした。
つまり、今回新種として報告されたこのイソギンチャクは、実に134年ぶり、つまり1世紀を超えて3種目となったとんでもない種であるということです。また、この科が北西太平洋で発見されたのも史上初となります。さらに、形態の観察及び後述のDNAの解析から、本種は既知の2属に当てはめることができないということが判明しました。それ即ち、本種は新種のみならず「新属」となるということ。ムカシギンチャクに新属が設立されるのも、新種と同様134年ぶりなのです。
(余談ですが、日本でイソギンチャクの新属が見つかるのは、泉自身のこの研究以来2年ぶりになります。もはや、研究界では天下無双ですよ(笑))

写真2:鳥羽水族館の水槽 コーナー名は「へんな生きもの研究所」。小さなレアな生物が目白押し! (※2025年4月現在、鳥羽水族館においては本種の生体・標本の展示はございません。)
イソギンチャクの“子供帰り”の証左!?
本種が発見された科学的な価値は、これにとどまりません。なんと、イソギンチャクの進化において、初めての発見がありました。
★注:以下、本節の記述は、少々学問的で難しい話になります。お急ぎの方は次の「命名」の節へどうぞ。
ムカシギンチャク科が“昔”と呼ばれるのには理由があります。先述の通り、ムカシギンチャク科はとても小さく単純な形を持っています。そして、それはイソギンチャクの「子供」の形にそっくりでした。これを根拠に、本科は近年まで「イソギンチャクの原始的な形を今に残している」と言われていて、その“原始的”からムカシの名がついていたのでした。
ところが、最近の海外チームのDNAの分析において、ムカシギンチャク科は原始的な種ではなく、それどころかイソギンチャクでもかなり「進化した」位置にいることが分かったのです。つまりは、ムカシギンチャクの仲間は原始的なのではなく、「子供時代の形のまま大人になるように進化した」ということができる。これを「幼形成熟(※1)」と言います。
しかし、これは状況証拠のみ。裏付ける決定的な証拠は、出ていませんでした。
…ここで、今回の新種が登場します!
分析によると、今回の新種はムカシギンチャク科の特徴を多く持つ一方で、一部の形態が「普通のイソギンチャク」にも近いことが分かりました。言い換えると、ムカシギンチャク科の種と普通のイソギンチャクを足して2で割ったような形だということです。
それはつまり、イソギンチャクが幼形成熟状態に移行していく“途中”の形態が、現在に生き残っていたということ。やっと、「子供帰り」の進化を証明できたというわけですね。かくして、世界中のイソギンチャク学者が探し求めていた、大発見となったのでした。
(※1)幼形成熟(ネオテニー):平たく言えば「子供帰り」。生物が進化の過程で、幼体期の特徴を残したまま成体になること。例えば、サンショウウオ類は成長の途中で顔の横の鰓が消失するが、ウーパールーパーは成体でもそれが残っているため、幼形成熟の例とされる。ヒトも、チンパンジーなどに比べて比較的頭部が大きいまま大人になることから、霊長類の中で幼形成熟の一種とされることもある。
命名って、非常に面白い!
上記のように、さまざまな重大な発見を含む今回のイソギンチャクですが、面白いのはその命名です。
本種の学名(※2)は、「Neotenactis amateras」。前半のNeotenactisは、先述の幼形成熟「ネオテニー」から名付け、後半のamaterasは、本種が採集された三重県の聖地である伊勢神宮にちなみ、祀られる天照大御神から名を貰っています。
さらに、日本で使われる和名は「ゲンシカイキ」としました。“ムカシギンチャク科に帰っていく”という、本種の特殊な進化を象徴しております。よく考えれば、学名の天照大御神も古事記に語られる日本の“原始”時代の神様。学名2つと和名、併せて3つのネーミングにこだわりが炸裂しております。
(※2)学名:生物1種に対して必ず1つ充てられる、世界共通の名前のこと。2つのアルファベットの単語が併記される。今回のNeotenactis amaterasを例にとると、前半のNeotenactisが「属名」、後ろのamaterasが「種名(種小名)」となり、同じ属の種類は前半が共通する。今回は新属なので、前半・後半とも新たに名付けた。
以上のような発見について語った泉講師は「1世紀を超えた種の発見、日本周辺での初記録、そしてイソギンチャクの進化の証拠まで、僅か8ミリのイソギンチャクとは思えないほどの成果が上がりました。そしてここまで怪物級の発見ができるのは、鳥羽水族館における採集・飼育活動の賜物。まさに水族館生物学の極致!」とアツく宣言していました(興味深い本研究について、泉講師がYouTubeチャンネルで自ら解説しています!このリンクから動画もご覧いただけます)。
学長から一言:海洋生物科学科の泉貴人講師、DNA解析を通じて、またもや新種(どころか今回は「新属」とか)のイソギンチャクの発見、しかも前種の発見から実に1世紀以上の時を隔てての発見という大偉業、おめでとうございます! 横文字の学名に、発見場所の伊勢に因んで、畏れ多くも「アマテラス」をちゃっかり拝借するなんぞ、まったく言葉もありません。