【☆学長短信☆】No.27「留学生40万人計画に思う」

 5月下旬に広島の地で開かれたG7サミットでは、ゼレンスキー大統領の対面での参加が実現し、主役の座が入れ替わったかと思うほどの類い稀な行動力と発信力の高さに、私などは目を奪われました。サミットは、広島市内での首脳による本会議の他にも先進7か国の各行政分野のリーダーによる会合が各地で開かれました。51215日に富山市と金沢市で開催された教育相会合では、「チャットGPT」に代表される生成系AIへの対処の仕方が重要なテーマとなったようです。この他に注目すべきは、会議後の「共同宣言」で国際交流をコロナ禍以前の水準に戻し、拡大を図っていく目標が盛り込まれたことです。具体策として挙がったのは、①大学や学校の連携・提携、②留学やICTの活用による交流の促進、③国境を超えた学習教材の共有でした。 

 この文相会合で議長を務めた永岡大臣は、昨年829日の岸田総理とのオンライン会談の際、現行の「留学生30万人計画」を抜本的に見直し、外国人留学生の受入れだけでなく、日本人留学生の送出しを加えた新たな計画を策定するように求められたようです。その後、今年317日の政府の教育未来創造会議で、同会議の議長でもある首相は10年後の2033年までに、外国人留学生40万人を受け入れ、日本人留学生50万人を送り出す目標を示しています。サミットでの動きは、こうしたわが国の構想を踏まえたものだったのです。 

  今を遡ること40年前、1983年に策定された「留学生10万人計画」にも、当時は驚いたものです。なにしろ、あの頃わが国で学ぶ留学生数は1428人だったからです。戦後の留学生受入れは、1954年の「国費外国人留学生招致制度」が皮切りであり、60年代にはインドネシア政府が日本からの戦後賠償金を使って人材育成のために留学生をわが国に派遣しました。留学生受入れの本格化は日本の高度成長と軌を一にしています。78年の日中平和友好条約締結を契機として、80年代には長春に創られた赴日留学予備校からの中国人留学生の来日が増えました。個人的には、赴日予備校の白金山初代校長と現地で語らったことを懐かしく思い出します。その後も韓国の留学自由化に伴う韓国人留学生の増加やマハティール首相が唱えた「東方(ルックイースト)政策」により、発展の手本としての日本へマレーシアからの留学生の増加が見られました。実情が知りたくて、マラヤ大学に設けられた日本留学特別コースへも知人を訪ねて調査に行きました。後日の展開など知る由もない上記「10万人計画」策定時に、実際に日本で学んでいた留学生は、21世紀初頭を目途とした達成目標値から見れば、上述のとおり10分の1程度だったのです。 

  20年間の計画の前期10年間に急速な伸びを見せた留日学生は、後期には失速しました。しかし、やがて急増し、2003年には109,508人の留学生がわが国で学ぶところにまでなりました。ビザ発給手続きの簡素化やアルバイト従事のための資格外活動の規制緩和、さらに渡日前選抜を可能にする「日本留学試験」の諸外国での実施などの措置が功を奏したのです。ところが、曲がりなりにも10万人計画が達成されたかと思ったら、次に数年後の2008年に打ち出されたのが、2020年を目途として3倍増の30万人の留学生を受け入れるという計画でした。 

 留学生30万人という数値は、当時の日本の高等教育機関の在籍学生に対する比率で言えば10%相当。2005年の時点で欧米各国に留学していた学生が当該国の大学生総数に占める比率は、英国24.9%、ドイツは12.3%、フランスは11.9%(高等教育人口が大規模な米国は5.5%)であったのに対して、日本は3.3%(2007年)とかなり低かったことから、フランス並みの10%程度を目指すことになったと言われます。低迷する日本経済を立て直し、国際競争力を強化する目標の一環でもありました。英語による授業が奨励され、グローバル対応の教育・研究に注力する国公私立37大学を2014年には「スーパーグローバル大学」と称する拠点に選定して重点的な支援が行われました。留学生の受入れもその重要な指標です。2011年からは、それまで「就学生」として別枠で考えられていた日本語学校で学ぶ外国人学生も「留学生」枠に取り込むという統計上の操作もあって、2019年には留日外国人学生は312,214人となり、「30万人計画」は「見事に」達成されました。同年の大学・短大・高専在学生3086,000人から見れば、10.1%に相当します。一方、同年に海外へ留学に出かけた日本人学生は長期・短期あわせて107,346人でした。 

 ところが、ここで立ちはだかったのがコロナ禍です。外国人留学生在籍状況調査によると、2021年度には242,444人、その後も減り続け、202251日現在の外国人留学生数は231,146人でした。コロナ禍の下での留学生数には、入学に必要な手続き等は完了していたものの我が国の入国制限によりやむなく海外現地でオンライン授業等を受講していた学生も含まれ、その数は19,552人で全体の8.5%を占めました。他方、2021年に海外に留学に出かけた日本人学生は1999人でした。 

  さて、こうした状況の中で打ち出されたのが「留学生40万人計画」の構想です。留学生受入れだけでなく、日本人の海外留学を一気に拡大しようというねらいも示されました。日本国内の生活に満足している故か、どちらかと言えば内向きの若者が増え、低迷している日本人の海外留学が一気に増えるでしょうか。「30万人計画」の「夢よ、もう一度」は果たして実現可能でしょうか。受入れに関して、①教授用語としての日本語、②根本問題としての大学教育の質、③就職と帰国後のアフターケアなど、留学生教育の古くて新しい問題は依然として残っています。加えて、「30万人計画」の時期には、日本人学生減少の穴を留学生で埋めようとする動きが起こり、入学を許可した後はアルバイトだけに精を出す留学生を見て見ぬふりをしたり、入学後に行方不明の学生が多数見つかった大学も現れたりしました。 

 とまれ、留学生教育全般だけを述べても仕方ありません。福山大学にとっての意義や可能性をこそ考えなくてはなりません。そこで、本学で学ぶ留学生の推移を見てみると、留学生を最も多く受け入れている経済学部の在籍者総数がコロナ禍の前まで毎年70人前後、これに次ぐ人間文化学部が30人前後で推移して、全学では約120人であったものが、コロナ禍の下で3分の2から半分に減ってしまいました。各年の平均的な比率は在籍者総数の34%というところです。これを過去10年間で最多であった131人(2018年度)の5割増、200人近く(全学生数の5%程度)まで増やすことは、決して法外な望みではないでしょう。「留学生40万人計画」が実行されるなら、政策の実現に身の丈に合った貢献を為したいものです。上述した一部の無責任な大学のように、留学生を単なる学生確保の手段と見ることは決してあり得ませんし、ダイバーシティ(多様性)の象徴として外国語の溢れるキャンパスを実現するという私の密かな目標にも叶います。これまで留学生特別入試による外国人学生の受入れをして来なかった生命工学部が昨年度からこの入試を導入しました。留学生入試の試験場を東京に設けることも始めました。留学生を対象とした就職相談会の開催など、就活の支援措置は前々から続けています。適正な選抜を通じてより多様な国の留学生が本学で学び、国際交流が日常化し、一方で多くの日本人学生が海外経験を積む機会が増大することを願っています。