【☆学長短信☆】No.10 「元旦に願う」

新年あけまして、おめでとうございます。今年は中国思想の陰陽五行説に基づく干支(かんし又はえと)では、壬寅(みずのえとら)の年に当たるようです。「寅」あるいは「虎」年であることはよく知っていて、年賀状の絵柄にも使いました。ただ、本来の干支と言えば、その中の一つで、種々の迷信から女児の誕生が減る傾向のある「ひのえうま(丙午)」などはよく知られ、日常会話でもしばしば語られますが、壬寅などというのは余程のことがない限り、思い付くこともありません。その読み方にさえ迷います。甲、乙、丙、丁…の十干(じっかん)と、子、丑、寅、卯…の十二支の組み合わせにより、「還暦」の習わしがあるように、60年で一巡するのが十干十二支。

 

十干の9番目に当たる「壬」は、「みずのえ」という音から想像できるかも知れませんが、陰陽五行説では「水の兄」を意味し、陰陽の別で言えば「水の陽」の側面を意味するとか。その意味はと言えば、「妊に通じ、陽気を下に姙(みごもる)」、つまり、「厳冬に耐えて内に蓄えた陽気を以て次代の礎となる」ことを示す文字のようです。他方、十二支の3番目に当たる「寅」のほうは「螾(ミミズ)に通じ、春の発芽の状態」、すなわち、豊穣を助けるミミズが土の中で動き、植物の芽吹きが始まった状態を指しているとか。つまり、二つの文字は「壬」が「寅」を補完し強化することで、「陽気を孕み、春の胎動を助く」という年になると考えられるようです。

 

面倒な講釈はさておき、ともかく60から成る十干十二支の39番目に当たる壬寅の年について振り返ってみると、前回迎えたのは1962年でした。東京の人口が1,000万人を突破して世界初の「人口一千万都市」になり、また、堀江謙一さんがヨットで単独での太平洋横断に成功し、『太平洋ひとりぼっち』がベストセラーになりました。ちなみに、堀江さんは60年経って一巡する今年、83歳で再びヨットによる太平洋の単独横断を春に決行予定とか。成功を願わずにいられません。さらに1962年という年は、アジア初、そして戦争のために1940年には幻に終わった東京での2年後の開催に向けてオリンピック景気に沸き、巷には売り上げランキング第一位の「いつでも夢を」の歌が流れていた頃です。若い学生諸君には全然ピンと来ない話でしょう。私は小学校6年生、堀江青年の快挙や吉永小百合・橋幸夫さんのデュエットの歌声など、ところどころは鮮明な記憶として残っています。

 

1960年代前半のわが国の実質経済成長率は年率で 9.2%。長く低迷している現在の経済成長率から考えれば、羨ましいばかりの数字です。60年前は、世界に向かって戦後日本のめざましい復興・発展をアピールし始めていた時期でした。企業での設備投資、個人消費および輸出の拡大が寄与し、人口の増加と農村から都市への労働力移動、さらには教育水準の上昇に伴う人的能力の向上がこうした経済成長を支えていたと考えられます。1962年当時の大学・短大進学率は19.3%で、男女別の内訳は男子21.9%、女子16.5%でした。進学率が20%を越えたのは翌63年、30%を越えたのは73年でした。アメリカの高等教育研究者である故マーチン・トロウ教授のよく知られている高等教育システムの発展段階論によれば、①進学率15%までは高等教育が「少数者の特権」と見なされる「エリート型」、②15~50%は「相対的多数者の権利」と見なされる「マス型」ないし大衆化した高等教育、さらに③50%を越えると「万人の義務」と見なされる「ユニバーサル・アクセス型」であるとされます。前回の壬寅の年は、日本の高等教育がちょうどエリート型からマス型に移行したての頃だったのです。それから60年、大学数は803校、大学全体の在学者数は291万6,000人。学部学生に占める女子学生の割合は45.6%(前年度より0.1ポイント上昇)で過去最高。昨年度値ながら、大学・短大進学率は58.6%で、これも過去最高を記録しました。とくに女性の大学進学率増加が目立ち、全体の比率を押し上げています。

 

しかし、「過去最高」などという景気の良い話題とは裏腹に、本学を含む多くの大学にとっては、人口動態から見る限り、長くて辛い冬の時代が続きます。その厳しさから目をそらすわけには行きません。ただ、上述したとおり、「壬寅」は新たなエネルギーが胎動する年なのです。新たな年を迎え、昨春に本格的運用がスタートした新校舎「未来創造館」は期待どおりの機能を果たしており、全学を挙げて取り組む福山大学ブランドの研究「瀬戸内の里山・里海学」も順調に進展して行けそうです。これからますます地域の「知の拠点」となるよう、「いつでも夢を」抱きながら、今年も「揺るぎなく前進」したいものです。それには教職員全員の団結と努力はもちろんのこと、学生諸君がそれぞれの夢に向かって着実に歩みを続けることが不可欠です。新年の年頭に当たり、皆様のご協力や活躍を願わずにはおれません。