【☆学長短信☆】No.7「前期卒業によせて」

 去る915日に今年度の前期学位記授与式が挙行され、経済学部4名、人間文化学部5名、工学部1名、薬学部11名の計21名に卒業証書を授与しました。この前期修了時の卒業式は、女子学生の袴姿はなく、何よりも参加者がごく少人数であることから、3月末にマジョリティが巣立っていくような華やかさはありません。しかし、この時期の卒業生が決してマイノリティどころではなく、学長式辞でも触れたのですが、世界的に見れば、むしろグローバルスタンダードに合致しているのであって、肩身の狭い思いをすることは微塵もないのです。そのことをデータで以て証明したくて、文科省ホームページの情報も踏まえ各国の状況を少し整理してみました。 

 全世界の196か国中、確認できた108か国・地域について見れば、6月から8月の間、日本であればおおよそ夏季に卒業が設定されているのは、以下のとおり。アジアでは19か国・地域のうち、インドネシア、スリランカ、中国、台湾、モンゴル、ラオスの6か国・地域(31.6%)。北米では米加の2か国。中南米では13か国のうち、キューバ、エクアドル内陸部、メキシコ、ベネズエラの一部など4か国・地域(30.8%)。欧州では35か国のうち、アイスランド、英国、スイス、ブルガリア、ベルギー、ロシアなど22か国(62.9%)。中東では13か国のうち、アフガニスタンを除く12か国(92.3%)。アフリカでは23か国のうち、アルジェリア、エジプト、エチオピア、ガーナ、コンゴなど16か国(69.6%)です。世界の平均では58.3%に相当する国や地域が含まれます。他方、日本と同じく3月卒業は世界中でインド、パキスタン、フィリピン、スーダンの4か国に過ぎません。前期修了時の卒業のほうが世界の標準にむしろ合っていると上に述べた所以です。 

 世界の大学でこれら二つの時期以外に卒業の時期が設定されている状況を見ると、タイ、韓国は2月。ベトナム、ウズベキスタン、カザフスタン、ラトビア、北欧のスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドは5月。ミャンマー、オーストリア、ドイツは9月。ブルネイ、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、アフガニスタン、タンザニア、ボツワナ、南アフリカ、モザンビークは11月。バングラデシュ、パプアニューギニア、ジンバブエは12月です。すなわち、各国がそれぞれの歴史や伝統、さらに気候その他の事情により最適と思われる時期に卒業を設定しており、何らかの類型化が不可能なほど、状況は実に多様なのです。 

 各国それぞれの事情と書きましたが、日本では「学校教育法施行規則」第59条に「小学校の学年は、41日に始まり、翌年331日に終る」と規定され、同規定が他の関連条項で広く中等学校でも準用されてきました。一方、大学については、同じ「規則」の第163条で「大学の学年の始期及び終期は、学長が定める」となっています。そして、学年の途中でも、学期の区分に従って、学生を入学させたり卒業させたりできるのです。本学の前期卒業が法規に則ったものであることの根拠規定です。 

 時代を遡れば、明治初年にわが国の高等教育機関が欧米に範を取って創られた当初、入学や卒業の時期についてもほぼ秋入学、夏卒業を踏襲していました。しかし、軍事費等の増大による国家財政の逼迫を、見た目は一挙に解消する手段として、それまでの1月~12月の会計年度が、明治19年以降は41日から翌年の331日に急遽変更されたのに合わせて、諸学校の入学・卒業時期も現行のように変更されたことが知られています。 

 卒業時期と深く関わる入学の時期については、つい先般もコロナ禍対策の意図も込めて、秋入学の可否をめぐる議論が一時世間を賑わしました(2021年の「教育再生実行会議第12次提言」)。それ以前にも教育改革国民会議の「教育を変える17の提案」(2000年)、教育再生会議の第二次報告(2007年)、さらに遡れば中曽根内閣の下で置かれた臨時教育審議会の第四次答申(1987年)でも、主にグローバル化への対応措置として9月入学が取り上げられたものです。しかし、その都度、何となく立ち消えて行ったようです。先に述べたとおり、各国の状況はまちまちで、ある時期にすれば、それで円滑にグローバル化が進むというものでもないようです。企業の採用慣行も徐々に変わって来ています。結局は、わが国にとって、いつが入学・卒業に便利で適しているかに係っており、他国もそうであるように、独自の時期で何ら問題はないのです。「変革」や「流行」だけが優れているのではなく、「不易」もまた大切です。 

 ところで、儀式すらないことの多い入学時に比べ、大学教育のいわば総仕上げとして圧倒的に重視される外国での学位授与式ないし卒業式につきものなのが、中世の大学における聖職者の服装に端を発する「ガウンとフードとキャップ」あるいはアカデミックドレスです。出身大学により、また学士、修士、博士と取得した学位の種類によっても、身にまとうもののスタイルや色が決まっています。日本のごく少数の大学でもこれに倣って、最近は一部の教授陣を中心に、ほぼ黒一色ながらガウンとキャップで儀式に臨むところもあるようです。 

実に様々なアカデミックドレス(フィリピンのとある会議にて)

 

アメリカの大学のコメンスメントにて

 

 また、アメリカ等の大学では卒業式を表す英単語として、われわれが通常知っている「graduation」ではなく「commencement」が広く使われます。後者は「終わり」を意味するのではなく、「始まり」。まさにこれから新たな人生のステージに向けての第一歩の門出というわけでしょう。前期卒業の皆さんについても、その前途が幸多きものであることを祈念して、式辞を終えたことでした。 

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【ちょっと良い話】 

 前期卒業式の当日、大谷翔平選手、大坂なおみ選手、建築家の隈研吾氏の3人が、タイム誌による2021年版「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたニュースを聞きました。「世界の100人」とは行きませんが、本学ゆかりの建築家である瀧光夫教授を御存知でしょうか。最近、ふくやま美術館で開催の「瀧光夫と福山ゆかりの建築家展」に本学建築学科が協力したことへの感謝を込めて届けられた同展覧会の図録を見ました。瀧教授は尾道市向島生まれ、尾道北高、福山誠之館高、京大、米コロンビア大で学び、1970年に開かれた大阪万博のお祭り広場の実施設計に丹下健三氏と共に関わり、自らの建築・都市設計事務所を経て、1993年から本学建築学科教授として2008年まで勤務という経歴です。その手になる建物自体に目を奪われますが、配された緑や庭園が建物と渾然一体となった美しさに魅了されます。図録所載のスケッチやデッサンからは、建築家でなければ画壇で頭角を現わされていたのではなどと考えました。詳しくは図書館に寄贈した同図録をご覧ください。とくに建築学科の学生諸君に見てもらいたい。私も生前にお目にかかれていればと思いました。