人間文化学部

Faculty of Human Culture and Sciences

【心理学科】地方犯罪学の研究を進めています

【心理学科】地方犯罪学の研究を進めています

心理学科では現在、地方犯罪学(rural criminology)について継続的に研究を進めています。その経緯についてはMagで折に触れて取り上げていますが、今回のMagでは、その研究の最新の進捗状況について、心理学科でFUKUDAI Magメンバーの向井が報告します。

 

地方犯罪学とは、地方(rural)に着目する犯罪学の一分野です。「都市と地方では、起こる犯罪に違いがあるのか」ということだけでなく、犯罪に対する人々の意識、防犯や警察活動、裁判、犯罪をした人の立ち直り支援などにも地域による違いがあるのではないか、と考えます。

2025年夏には、福山大学心理学科の教員を中心として地方犯罪学に関する研究プロジェクトを立ち上げ、その後、学内外の研究者や警察・矯正・NPOなどの実務家の方々にも参加いただきながら研究会を重ねてきました。これまでの活動については、以前のFUKUDAI Magの記事でもご紹介しています(「地方犯罪学に関するプロジェクトが発足しました」、「地方犯罪学研究会の開催報告」)。

前回の記事では、今後の展開として「関連学会等でのシンポジウム・ワークショップの開催を目指す」と書きました。今回は、その後の進展についての報告です。

 

『地方犯罪学』の翻訳書が刊行されました

まず、2026年8月に、ジョゼフ・F. ドナーマイヤー、ウォルター・S. デケセレディ著『地方犯罪学』(ちとせプレス)が刊行され、向井が翻訳を担当しました。

本書は、「地方は都市よりも犯罪が少なく、平穏で牧歌的な場所である」といったイメージを問い直しながら、地方における女性への暴力、ドラッグ犯罪、農業犯罪、地域コミュニティと犯罪の関係などを紹介するものです。これまで都市を中心に発展してきた犯罪学を、地方という視点から捉え直すことの必要性が論じられています。

もちろん、海外の地方と日本の地方では事情が異なります。そのため、本に書かれていることをそのまま日本に当てはめればよいわけではありません。しかし、「場所が違えば、犯罪の起こり方や犯罪への対応も違うのではないか」という地方犯罪学の基本的な問いは、日本の犯罪や刑事政策を考える上でも重要です。

研究プロジェクトでも、この本で議論されているような海外の研究を参考にしつつ、日本、そして福山を含む地方の実情に即した研究を進めていきたいと考えています。

 

日本犯罪心理学会でミニ・シンポジウムを開催しました

そしてもう一つ、大きな進展がありました。

2026年9月19日・20日に東北大学で開催された日本犯罪心理学会第64回大会において、「日本における地方犯罪学の可能性」と題した公募ミニ・シンポジウムを開催しました。

日本犯罪心理学会は、犯罪心理学に関心を持つ研究者だけでなく、警察、矯正、更生などの実務に携わる方々も多く参加する学会です。2024年には第62回大会が福山大学で開催されましたので、以前のFUKUDAI Magでその様子をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

今回のミニ・シンポジウムは9月20日(日)の13時から15時まで行われ、向井が企画・司会を担当しました。話題提供者は、東京女子大学のディビッド・ブルースター先生、本学の大杉朱美教授、大阪大学の貞村真宏さん、本学の中島学教授の4名で、福島大学の高橋有紀先生に指定討論をお願いしました。

 

なぜ「地方」を犯罪学で考えるのか?

最初に向井から、地方犯罪学とはどのような分野なのかを簡単に紹介しました。

犯罪学には、犯罪が「なぜ起こるのか」を説明するさまざまな理論があります。しかし、その多くは大都市を対象とした研究から発展してきました。そのため、都市でうまく犯罪を説明できる理論が、そのまま人口の少ない地域でも当てはまるとは限りません。

また、地方犯罪学が対象にするのは、犯罪の「発生」だけではありません。自治体による犯罪予防政策、警察による防犯・捜査、裁判所での判断、刑務所を出た後の社会復帰支援など、犯罪に社会がどのように対応するのかについても、地域によって違いがあるかもしれません。

そこで今回のミニ・シンポジウムでは、一つの犯罪現象だけを取り上げるのではなく、政策、防犯・捜査、公判、矯正・更生という異なる段階から、「日本で地方犯罪学を研究すると何が見えてくるのか」を考えることにしました。大会プログラムでも、この4つの側面から日本における地方犯罪学の可能性を検討する企画として位置づけられています。

 

4つの立場から見た「地方」

最初の話題提供では、ディビッド・ブルースター先生(東京女子大学)から、政策の観点から報告が行われました。

日本について犯罪や刑事政策を研究するとき、私たちはしばしば「日本では~」と国全体を一つの単位として考えます。しかし、同じ制度の下にあっても、東京と地方都市、あるいは異なる都道府県では、置かれている条件も政策が実施される過程も異なるかもしれません。

ブルースター先生からは、地方自治体が策定する再犯防止推進計画などを例に、国が作った政策がそれぞれの地域でどのように受け止められ、実施されるのかを見ることで、日本を一枚岩として捉えるだけでは見えてこないものがあるのではないか、という話題提供がありました。

 

続いて、大杉朱美教授(福山大学)からは、防犯・捜査の観点から、「なぜ、ここで?」という問いを出発点にした報告が行われました。

たとえば、ある地域で金属盗や自動車盗が多いとすれば、単に「盗まれる物が多いから」だけでなく、犯行の機会、移動手段、盗品が流通する経路など、その場所を取り巻く条件を考える必要があります。また、防犯ボランティアや見守り活動、警察による情報発信など、「犯罪にどう対応するか」にも地域差があります。

興味深いのは、ここでいう「地域」が必ずしも都道府県や市町村と一致しないことです。犯罪によっては複数の県をまたいだ生活圏・交通圏で考えた方がよい一方、防犯政策については市町村単位で見る方がよい場合もあります。「何を研究するかによって、適切な地域の単位も変わる」という、今後の地方犯罪学にとって重要な問題が提示されました。

 

3人目の貞村真宏さん(大阪大学)からは、公判、つまり裁判の観点からの報告がありました。

大量の窃盗事件の判決文をコンピュータで分析し、量刑判断に地域差が存在するのかを検討した研究です。ここで特に興味深かったのは、分析を始めた段階ではかなり大きな「地方差」が見えていたものの、データの収録範囲、重複、集計方法、分析の設定などを一つずつ点検していくと、その差のかなりの部分が小さくなったことです。

つまり、「地域差がある」という面白そうな結果を見つけるだけでは不十分であり、その地域差が本当に社会に存在するものなのか、それともデータや分析方法によって生まれたものなのかを慎重に見極めなければならないということです。

地方犯罪学を今後日本で発展させていく上で、「何を地域差と呼ぶのか」「地域差をどう正確に測定するのか」という方法論上の課題を示す報告となりました。

 

最後の話題提供では、中島学教授(福山大学)から、矯正・更生支援の観点から報告が行われました。

刑務所や保護観察などの制度は全国共通であっても、実際に犯罪をした人が地域に戻った後に利用できる住居、就労、医療・福祉サービス、支援団体、そして支援者の数は全国一律ではありません。

地方では、人と人との距離が近いことが支援者同士の連携を容易にする可能性がある一方で、「誰が支援を受けているのか」が知られやすい、支援者自身も地域の中で孤立しやすいといった問題も考えられます。

犯罪をした本人に「立ち直る力」があるかどうかだけではなく、その人が帰る地域に、立ち直りを支える資源がどれだけ存在しているのか、さらには支援する人を支える仕組みがあるのかまで考える必要があることが示されました。

 

「地域の実情」とは何だろう?

4名の話題提供を受けて、高橋有紀先生(福島大学)から、刑事政策・法律学の観点から指定討論をいただきました。

再犯防止推進法や犯罪被害者等基本法などでは、地方公共団体に対して、それぞれの「地域の状況」や「地域の実情」を踏まえた施策を行うことが求められています。

しかし、そもそも「地域の実情」とは何でしょうか。

国が作成した手引きに沿って各自治体が計画を作るだけでは、本当にそれぞれの地域に合った政策になっているのかは分かりません。高橋先生からは、地域間の違いを実証的に明らかにする地方犯罪学が、地方自治体による政策立案やEBPM(証拠に基づく政策形成)にも貢献しうるのではないかというコメントがありました。

また、それぞれの話題提供に対して具体的な質問も提示していただき、最後の全体討論へとつながりました。

最後の時間帯にもかかわらず、多くの方にご参加いただきました

今回のミニ・シンポジウムは、大会2日目の13時から15時までという、2日間の大会の一番最後のコマでした。

正直なところ、「この時間になると皆さん帰ってしまっているのでは…」という心配もしていました。

しかし、ありがたいことに当日は多くの方に会場まで足を運んでいただきました。各話題提供と指定討論の後の質疑応答でも多くの質問やコメントをいただき、最後まで活発な議論が続きました。

地方犯罪学という、日本ではまだあまり馴染みのない研究分野についてこれだけ多くの方に関心を持っていただけたことは、研究を進めている私たちにとって大変ありがたいことでした。

ミニ・シンポジウム終了後

 

今後に向けて

2025年にプロジェクトを立ち上げた時点では、「日本で地方犯罪学を研究するとすれば、そもそも何を研究すればよいのだろう」というところからのスタートでした。

そこから研究会を重ね、翻訳書が刊行され、今回、犯罪心理学を専門とする多くの研究者・実務家の前で「日本における地方犯罪学の可能性」について議論するところまで進むことができました。

一方で、今回のミニ・シンポジウムで明らかになったのは、まだ分からないことが非常に多いということでもあります。

どのような単位を「地域」と考えるべきなのか。地域差はどのように測ればよいのか。地域ごとの政策、防犯活動、裁判、更生支援の違いはどのようにつながっているのか。そして、そこで得られた研究成果を、実際に地域で暮らす人々の安全や刑事政策にどう還元できるのか。

研究すべき課題はまだたくさんあります。

今後も、福山大学のある備後地域を含む地方だからこそできる研究を大切にしながら、学内外の研究者・実務家の方々と協力して地方犯罪学の研究を進めていきたいと思います。

またご報告できる成果が得られましたらFUKUDAI Magでもお伝えいたしますので、引き続きご期待いただければ幸いです。

 

学長から一言:心理学科の犯罪心理学コースは着実に研究を積み重ねています。とくに、犯罪研究と一括りにできない各地域独特な背景や要素を考慮に入れた地方犯罪学という領域を確立すべく、心理学の観点から切り込んでいます。そうした努力の一端が今回の日本犯罪心理学会でのミニ・シンポジウムの開催。これからも学内外の関係者や実務家の皆さんとも連携して、次々と新たな成果を生んでください。

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