【海洋生物科学科】国際ワークショップ「カブトガニの科学と保護」へ参加

【海洋生物科学科】国際ワークショップ「カブトガニの科学と保護」へ参加

国際自然保護連合(IUCN)が主催する国際ワークショップ「カブトガニの科学と保護」(6/15~20)へ参加してきました。海洋生物科学科の渡辺が報告させていただきます。

本大会は、アメリカ、香港、日本(佐世保)につぐ4回目で、中国南東部にある欽州(Qinzhou)と北海(Beihai)で開催されました。4年に一度開催されるカブトガニ研究のオリンピックのような大会になります。
今回は18か国から130人ほどの参加者があり、過去最大規模となりました。初めて参加した前回大会では、世界各国のカブトガニ研究者と知り合うことができ、その後もマレーシアでのカブトガニの共同研究などに発展しました。今回は彼らとの再会の場でもあり、また新たなカブトガニ研究者との交流の場となりました。

北部湾大学で研究発表

ワークショップ参加者と記念撮影です。このほかに大勢の学生スタッフの方々にお世話になりました。

 

ワークショップの最初の3日間は、欽州(Qinzhou)にある北部湾大学の講堂にて、各自の研究や保全活動に関する発表が行われました。参加者は、研究者だけでなく、カブトガニの保全活動を行う一般人や高校生、さらにはカブトガニをモチーフとした芸術家など様々でした。これほど大勢のカブトガニ研究者(愛好家?)が世界中から集まる場はそうはありません。

瀬戸内海のカブトガニに関する研究内容を紹介しました。写真は、九州大学の板谷晋嗣さんが撮影してくれました。

 

私も日本では、カブトガニみたいな変わった動物を研究する変わり者です。日本の学会で出会った人には(私の名刺にはカブトガニの絵が描かれているので)「なぜ、カブトガニ(なんか)に興味があるのか?」を説明する必要があります。しかし、ここでは自己紹介の後に “Which species is this?” (これはどの種のカブトガニ?) と質問が返ってきます。

アジアに3種いるカブトガニの仲間

北海(Beihai)の干潟でみつけたカブトガニTachypleus tridentatus)の幼生です。日本に棲むカブトガニと同じ種類です。

 

ところで、カブトガニの仲間は世界に4種あり、そのうちの3種がアジアに棲んでいます。日本にはその1種、カブトガニTachypleus tridentatus)のみが棲み、アジアのカブトガニの生息地の北限になります。ワークショップで出会った人たちは、日本にはどの種類のカブトガニが棲んでいて、現在の個体数や生息地の保全状況に興味を持ち、私の話を熱心に聞いてくれます。国内では変人扱いされることも多いですが(おそらく参加者の皆様もそうなのでしょう)、出会ったすべての方々とはカブトガニ研究の同志としてすぐに打ち解けることができました。

エクスカーション1:生息地を観察

北海(Beihai)にあるカブトガニの産卵地と幼生の生息地を訪問。

 

北部湾大学での研究発表後は、バスで3時間かけてカブトガニの生息地がある北海(Beihai)へ移動しました。ここでは、さらに2日間に渡って生息地の状況や保全に関する施設を見学するフィールド・エクスカーションが行われました。中国南部のこの地域はベトナムとの国境に近く、熱帯気候区に属します。そのため、日本のカブトガニの生息地とは気候や植生が大きく異なりました。

広大なマングローブの湿地林です。遊歩道が整備され、上から生物を観察することができます。

 

エクスカーション1日目には、カブトガニの生息地を訪れました。マングローブが広がる湿地林では、日本にはみられないマルオカブトガニCarcinoscorpius rotundicauda)を探し、日本との生息環境やカブトガニの形態の違いを観察することができました。また、干潟や湿地林の桁違いの大きさに圧倒されました。かつては、瀬戸内海にもこれほど広大な干潟が広がっていたのでしょう。しかし、中国でも干潟の背後には高層マンションやホテルが建設中で、日本の高度経済成長期の沿岸環境の破壊がここでも繰り返されることを危惧しました。

マングローブ林でみつけたマルオカブトガニCarcinoscorpius rotundicauda)です。わかりにくいですが、黒い這い跡の先(矢印)に幼生がいます。

 

エクスカーション2:種苗生産施設を見学

エクスカーション2日目には、カブトガニの種苗生産や保全に関する施設を見学しました。ところで、ご存じない方がほとんどだと思いますが、カブトガニの血液は、エンドトキシンという毒素を検査するための検査薬の製造に利用されています。この検査薬は、1964年にエンドトキシンに反応してカブトガニの血液成分が凝固することが発見されたことで、開発されました。現在、この検査は世界中の医療現場で欠かせないものとなっており、これまでに無数の人命を救ってきました。製薬会社のサイトなどでカブトガニの血液成分を用いた検査薬に関する説明をみることができます。

カブトガニの種苗(幼生)を育てる養殖施設を見学しました。

 

エンドトキシンの検査には、現在も代替の方法がないことから、製薬産業においてカブトガニの血液は極めて高額で取引されています。日本の製薬会社も海外からカブトガニの血液成分を輸入して、検査薬を製造しています。よって、中国政府はカブトガニを有用水産対象種として、その資源保全のためにカブトガニの種苗生産と放流及び保全活動を積極的に行っています。

カブトガニの種苗(人工ふ化した幼生)です。各自に20匹ほどの幼生が入った容器が手渡されました。

 

日本では過去には役に立たない厄介者として、カブトガニを大量に殺戮してきた歴史があります。その血液が我々の命を救う極めて有用なものであることがわかった頃には、日本の海からカブトガニはほとんど姿を消していました。長い進化の歴史から生まれた生物がどんな可能性を秘めているか、私たちにはまだわかりません。いま役に立たないからといって、その生息を脅かすことが将来の人々の暮らしを脅かすことにもつながりかねません。カブトガニだけでなく、あらゆる生物に共通して言えることだと思います。

エクスカーション参加者全員で幼生を放流しました。

 

本大会に参加して脅威に感じたのは、日本のカブトガニの生息状況と同様に、日本のカブトガニ研究も絶滅寸前であることです。実は、カブトガニ研究では、過去に日本が世界をリードしてきた歴史があります。日本のカブトガニ研究の第一人者である故 関口晃一先生(筑波大学名誉教授)は、世界のカブトガニ研究者にとってもパイオニアとして、いまでも語り継がれています。しかし、今回参加した日本人は私を含めてたったの2人でした。もう1人は、福岡県津屋崎でカブトガニの研究をしている九州大学の板谷晋嗣さんでした。論文等でお名前は知っていましたが、お会いするのは初めてでした。日本のカブトガニは、どの海域でも共通して7月前後の大潮で産卵します。そのため、カブトガニ研究者はその時期に集中して調査を行うことから、他のカブトガニの生息地を訪れ、そこで活動する方々と交流する機会がありません。今回は、世界のカブトガニのことだけでなく、日本のほかの生息地の状況や研究活動の内容を知るよい機会になりました。板谷さんの研究によると、津屋崎でもカブトガニの産卵数は年々減少を続けているそうです。今後も日本のカブトガニとカブトガニ研究を絶滅させないよう、お互いに協力していきたいと思います。

幼生放流後にエクスカーションの参加者と写真撮影。

 

今年も笠岡市でカブトガニの産卵を確認

帰国後に明るいニュースがありました。岡山県笠岡市では、今年初となるカブトガニの産卵が確認されました。産卵を確認したのは地元に住む研究室の学生の浜咲浩之くんで、大潮の晩に浜辺へ通ってカブトガニの産卵を確認しました。6月中の産卵は珍しく、もしかすると日本で今年もっとも早い確認かもしれません。また、九州大学の板谷さんの報告でも福岡県津屋崎でカブトガニの産卵が確認されたそうです。生息地のほとんどが失われてしまっても、カブトガニは諦めずに産卵できる浜辺を探してやってきます。カブトガニを見習って、何事も諦めずにこれからも活動していきたいと思います。

満月の大潮の晩に笠岡市の沿岸でみられたカブトガニの産卵。カブトガニが産卵のため海底の砂を掘り返すと産卵泡と呼ばれる円形の泡(写真左)が現れます。干潮時にカブトガニ博物館の学芸員の方と掘り返して卵を確認しました(写真右)。(撮影:浜咲浩之)

 

次回4年後(2023年)のワークショップ開催地は、インドに決まりました。4年後の大会では日本からの参加者も増え、そして私もよい研究成果が報告できるように今後も研究と教育に励みたいと思います。

また、北部湾大学での研究発表で、プレゼンテーションの最後に以下の言葉を使っていた方がいらっしゃいました。

“Act locally, but think globally”

私たち研究者が活動できる場は、地球上のほんの一部にすぎません。しかし、そこから世界へ発信する気持ちは、これからも持ち続けていきたいと思います。

 

学長から一言:素晴らしいかつ貴重な学会参加の報告をありがとうございました!色々知らないことを教えられた学長室ブログでもありました!Act locally, but think globallyの精神を、私たちも忘れないようにしましょう!