【☆学長短信☆】No.19 「IRを考える」

さまざまなIRが世に溢れています。Information Retrieval(パソコンなどでの情報検索)、Investor Relations(企業から投資家向けの広報活動)、そしてIntegrated Resort、つまり賭け事を奨励し、ギャンブル依存症を蔓延させるつもりかとの非難を含めて、熱い政策論争が繰り広げられ、導入推進派の政治家の収賄事件まで起こったカジノも取り込んだ統合型リゾート施設を指すIRもあります。その他にも合成天然ゴムやら赤外線の英語表記の頭文字等々、関わる分野により、IRと聞いて咄嗟に思い浮かぶイメージや事柄は人によって千差万別でしょう。われわれ大学関係者にとってのIRはもちろんInstitutional Research。自らの大学自体に関する調査研究であり、それを運営改善につなげようという意図が込められた概念です。本学でもIR室を設け、担当の専任スタッフを配置しています。今回の短信は、IRの在り方について少し考えてみたくなりました。 

78年前になりますが、文科省の大学改革推進委託事業として実施され国内および海外数か国のIRの状況を調査研究した報告書が出ました(『大学におけるIR(インスティテューショナル・リサーチ)の現状と在り方に関する調査研究報告書』20143月、東京大学)。文科省の協力を得て実施された同全国調査の結果によれば、当時、多くの大学に認識されていたIR活動に係る事項としては、大学情報公開への対応、就職状況の調査、大学概要の作成、志願者の調査、財務分析の平明な公表、認証評価への対応、文科省の政策ウォッチなどでした。 

また、データの収集・蓄積の実情に関して、財務、学務(学籍、成績など)、授業評価、教員関係の事柄(人事、研究業績、教育業績など)では全学レベルで総合的にデータの収集・蓄積がなされていたことが分かっています。ところが、そうしたデータへのアクセス権限をIR担当者が持っているのか否かについては、かなり寂しい状況を垣間見ることができました。すなわち、調査に回答した大学のうちIR組織を有する大学が未だ全体の4分の1に留まっていた上、さらに学務(14.3%、この数字はアクセス権について肯定的回答を寄せた大学の比率、以下同様)、授業評価(14.7%)、教員(11.1%)、財務(6.2%)の数字に見られるように、IR専門スタッフが多くのデータに容易にアクセス可能な状態にはなっていなかったのです。こうした状況は、今日でもそれほど大きく変わらず、おそらく大多数の大学は、本学と似たり寄ったりの状況だと推測します。ただ、他大学の状況や事情はどうであれ、本学がIRで行うべきこと、行いたいことは自ずと決まってくるもので、自律的、主体的に考えていくべきでしょう。 

本学のIRニーズという観点から言えば、大学要覧やホームページの「情報公開」欄に掲載する基礎資料、あるいは認証評価に備えて日頃から整備しておくべき教育・研究・社会貢献や広く大学運営に係るデータは当然必要であり、従来どおり継続して収集し、できれば一元的な管理が先ずは必要でしょう。その上で、一言で言えば、教育面に焦点を絞り、個々の学生が入学後にどのような成長を遂げたかを種々の関係データからフォローし解析したメタ情報の集積を通じて、大学管理者が的確な判断を下す材料を提供することが求められます。すなわち、本学が提供している科目やカリキュラムが学生の成長に如何なる手助けになったか、逆に成績不振やその結果としての留年等の発生の原因究明、不適切な点の有無、そして、最終的に、予め決まっている「卒業認定・学位授与の方針」、いわゆるディプロマ・ポリシーへの接近度、達成度を数量的に明示することがIR室の仕事になると思います。この点では、本学が先年開発したレーダーチャートで表示しうるアセスメントの方式は、良いヒント、出発点になると信じます。 

さらに、分析に際して、例えば、IRの重要なリソースとして位置づけられる学生対象の調査を考えると、記名式や個人が特定できる方法の場合、個々の学生の成長や変化の追跡が可能なばかりか、学務関係のデータと結びつけることで、教学改善の貴重な手立てとなり得ます。しかし、入学前の特性分析、学生による授業評価結果の分析、生活実態調査、卒業生調査などは、せいぜい無記名式での実施が可能でしょう。また、各種の膨大なデータを収集し格納しても、個々の調査結果から読み取れる内容自体が有意義である一方、それらを有機的に結びつけたり、組み合わせたりする次の段階へ進み、さらには改善策に結びつけるのは容易ではありません。結局多くのデータを死蔵しただけに留まる恐れもあります。何となく日常的に肌感覚でもっている本学教育の長所・短所を客観的なデータで立証し確かめることこそIRの目的のはずです。取り敢えずは、教務に係る23の事項の因果関係を示すパス解析などが行われるならば、教学ポリシーの策定にとって、これほど有力な支援はないでしょう。 

最後に、IR部門所属のスタッフについて言えば、単なるシステム・Webの管理者や操作者ではなく、大学の中核事項とも言うべき教務関係の事柄や事務全体の推移や進捗状況を見ながら効率化や改善を提言できるプロフェッショナルであることが望ましいのは言うまでもありません。限られた教職員の中で、こうした要求を満たしうる人材を見いだすのは至難の業です。しかし、少なくともIR担当に認定された限られた人たちには、個人情報の漏洩防止に最大限の注意を払った上で、いかなる内容の解析でも必要なデータへのアクセス権を認める必要があるでしょう。