【工学部】「サイエンス・ラウンジ」分野を越えて知がめぐる、新しい交流の場
工学部では最新の科学の話題で自由闊達に意見交換をする会として「サイエンス・ラウンジ」を始めました。
このラウンジの世話人の、香川直己教授(電気電子工学科)、大畑友紀講師(建築学科)、谷口億宇教授(情報工学科)、金谷健太郎講師(機械システム工学科)から、開催の経緯とこれまでの様子について紹介してもらいました。(投稿はFUKUDAI Magメンバーの中道です)
大学教員というと、学生に講義を行う姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし大学には、もう一つ重要な役割があります。それは、自身の研究で得られた最先端の知見を学生や社会に伝え、まだ誰も見たことのない世界への扉を開く手助けをすることです。大学は「知の創造」の現場であり、そこで生まれる気づきや発見は、教育と研究の両輪を通して、次世代の学びへと受け継がれていきます。
とはいえ、研究とは時に孤独な営みでもあります。すぐ隣の部屋にいる教員がどんな研究をしているのか、意外と知らない──そんなことも珍しくありません。だからこそ、分野を越えた研究者同士の対話には、新しい視点や突破口が生まれる力があります。世界の研究機関では研究について自由に語り合う場が自然と育まれています。
その流れを受けて、福山大学工学部でも今年度、「サイエンス・ラウンジ」がスタートしました。原子核物理学を専門とする教員の発案から生まれたこの会は、電気電子工学、建築、情報、機械システムといった多彩な分野の教員が一つの空間に集い、研究の核心や悩みを率直に語り、議論し合う“知の交流拠点”です。参加者は教員だけでなく大学院生や学部ゼミ生にも開かれており、学生が教員の研究の最前線に触れられる貴重な機会にもなっています。
当初は講義室で始まりましたが、第3回からは工学部棟の玄関ホールを会場としています。このホールは、建物の設計段階から「アカデミックなゼミナールやディスカッションを、通りすがりの人が気軽に覗けるように」という思いを込めてつくられた空間です。オープンでありながら知的な雰囲気をまとう場所で議論が行われるよう、10年以上前に構想されたものでした。その目的が、サイエンス・ラウンジという形でようやく現実となり、建築と学術活動が呼応し始めていることに、関係者として深い感慨を覚えます。
では、これまでの様子をご紹介しましょう。
第1回:生体情報からハラスメントを検出する試み

上野助教の発表。栄えある1回目のスタートの瞬間です。
4月に開催された第1回の話題提供者は情報工学科の上野貴弘助教でした。近年社会問題となっているハラスメントを、生体センシングを通じて早期に検出する手法について紹介されました。倫理的課題や実験条件の難しさを抱えながらも、演技や映像を用いたデータ取得によって検出精度を検証した研究は、IoTヘルスケアへの応用可能性も高く、質疑応答では教員・学生をまじえた活発な議論が続きました。
第2回:藻場観察用ROVの開発──瀬戸内に挑む工学

沖准教授の発表の様子です。
6月の第2回では、電気電子工学科の沖 俊任准教授から海中探査ROVの開発研究が紹介されました。ROV(Remotely Operated Vehicle)とは、遠隔操作によって動作する無人の潜水機器のことです。瀬戸内海の藻場環境を観測するため、スクリューを使わず浮力で姿勢制御する“浮遊型ROV”と、クローラ走行と浮輪制御を併用する“クローラ型ROV”という2種類を開発中です。他学科との協働に発展し得る内容でもあり、他の学科教員からも連携案が出ていました。
第3回:原子核の共鳴と星の輝きの謎

谷口教授のプレゼンテーション。会場は工学部棟玄関ホールです。
11月の第3回では、情報工学科の谷口億宇教授の誘いで、宇宙や原子核を対象とする物理の世界へと飛び込みました。原子核内で起きる共鳴現象が、星の内部での核反応──すなわち元素の起源──と密接に関係するというダイナミックな話題です。スーパーコンピュータを用いたシミュレーションにより、炭素の核融合を左右する共鳴状態の姿を描き出した成果が共有され、極微と宇宙をつなぐスケールの大きな議論が展開されました。
第4回:ZEBへの挑戦──自然エクセルギーを活かす建築設備

伊澤准教授の回では、「エクセルギー」の定義の議論で白熱しました。
12月の第4回では、建築学科の伊澤康一准教授がZEB(Net Zero Energy Building)実現に向けた設備設計について講演しました。演題にある「エクセルギー」とは、「エネルギーのうち、どれだけ“有効に使える能力”を持つ部分かを示す指標」です。例えば、同じ量の熱でも、外気との温度差が大きいほど“使える力”が高く、小さいほど低くなります。建築設備にこの考え方を取り入れると、地中熱などの自然エクセルギーを最大限に活かしつつ、電力を無駄に使わない最適な設計を導くことができます。省エネと快適性の両立に向けた評価手法として注目されており、当日は建築・機械・電気の教員のあいだで横断的な議論が深まりました。
4回の開催を経て、「サイエンス・ラウンジ」は単なる勉強会ではなく、分野の壁を越えた“知の循環”を生み出す場へと育ちつつあります。研究者同士の気づきや刺激は、新しい共同研究の芽となり、学生にとっては大学で学ぶ醍醐味を体感できる瞬間となっています。
次回(第5回)は船舶・海洋機械に関する話題が予定されており、工学の多様性と奥行きをさらに感じられる会となりそうです。
大学の強みは、異なる背景を持つ人々が一堂に集い、自由に語り合い、そこから新しい価値が生まれることです。「サイエンス・ラウンジ」はその象徴であり、福山大学が地域にひらかれた“知の拠点”として歩み続けるための大切な試みとなっています。今後もこの交流の輪が、学生・教員・地域をつなぐ豊かな学びの文化へと広がっていくことを期待しています。
学長から一言:異なる領域の工学研究者がお互いに自分のアイデアや日頃の研究成果を腹蔵なく披露し合い、文字どおり切磋琢磨する場が工学部で動き出したようです。まさしく画期的。そもそも2013(平成25)年に完成した工学部新棟設計の基本理念には、そうした自由で活発な分野間交流を促す狙いが含まれていたと聞きます。ようやくそれが日の目を見るようになったかと感慨深いものがあります。サイエンス・ラウンジの息長い展開を祈ります。




