【心理学科】地方犯罪学に関するプロジェクトが発足しました

心理学科の向井です。福山大学の心理学科には心理臨床コースと司法犯罪コースの2つのコースがあり、司法犯罪コースは読んで字のごとく主に犯罪に関する研究・教育を行っております。本記事ではこちらのコースで新たに設立されたプロジェクトについてご報告いたします。

どんなプロジェクトなの?

今回設立されたプロジェクトは地方犯罪学に関するもので、教授、中島教授、大杉准教授、そして向井が中心となっています。

地方犯罪学とは犯罪学の一領域で、主に地方(rural)に着目する分野です。犯罪学は(短く見積もっても)100年以上の歴史がある古い分野です。しかし、従来の犯罪学研究は主に都会(urban)を対象として研究を行い、そこで得られた知見がすべての地域に当てはまると考えてきました。地方犯罪学はこうした都市中心の犯罪学を批判し、地方で起きる犯罪やそれに対する人々(警察や裁判所、市民など)の反応を研究していこうとする分野です。

たとえば、人口密度が高く、人との接触が多い東京の一部の地域(たとえば新宿や渋谷)のような場所では、人の接触を発端とした暴行や傷害といった事件が起こりやすいかもしれません。それに対して、人口密度が低い地方では、人の目が行き届かないことによって犯罪が生じるかもしれません。たとえば、地方(田舎)には無人の野菜販売所があったりしますが、こうした販売所からお金を払わずに商品を持っていく行為は地方独自のものと言えます。

また、犯罪に対する反応も都市と地方では違うかもしれません。たとえば、都市では人同士の関わり合いが密ではないため、何か問題が生じた場合には地域で解決するのではなく、すぐに司法機関(警察など)に対応を求めがちかもしれません。これに対して地方では人同士の関わりが密であるため、何か問題が生じてもすぐに警察などに訴え出るのではなく、地域内で解決しようという意欲が高いかもしれません。

こうした地方と都市の違いに着目する地方犯罪学は新しい分野であり、10~20年程度の歴史しかありません。しかし、近年には国際的な学会学会誌も設立されるなど、非常に活発に活動している将来性の期待できる分野です。書籍も多く出版されています。

 

〈地方犯罪学に関する書籍の例〉

 

もっと具体的に

地方犯罪学は主にアメリカで発展してきた分野であるため、その考え方が日本にどの程度当てはまるのか分かりません。日本は比較的均質な(つまり、アメリカほどに多様でない)社会であるとされることが多く、国土もアメリカほど広くありません。したがって、一方では、都市と地方の差もアメリカほど大きくはなく、地方犯罪学の考え方はあまり当てはまらないと考えることもできます。他方で、都会から地方に引っ越しをした人、あるいは逆に地方から都会に移動した人であれば実感できるように、日本の中でも地方と都市には大きな差があるようにも思われます。今回のプロジェクトは、中国・四国地方、特に山陽地方や瀬戸内地方を中心に、日本の中における犯罪やそれへの反応の様々な差を検討していきます。

たとえばすでに行われた研究として、犯罪不安と厳罰傾向(犯罪者に対して厳しい刑罰を求める態度)の関連を都道府県ごとに見た研究があります。これまでの研究では、犯罪に不安を感じている人ほど、犯罪者に対して厳しい刑罰を求めることがかなり一貫して示されています(たとえばこちらこちらの論文があります)。しかし、犯罪不安と厳罰傾向はどこの都道府県でも同じなのでしょうか。それを検討したのが本研究です。

下の画像は各都道府県50名程度(合計2,400名程度)のデータを使って、犯罪不安と厳罰傾向の相関をプロットしたものです。赤が濃いほど犯罪不安と厳罰傾向の結びつきが強いことを示し、逆に青が濃いほど犯罪不安と厳罰傾向の結びつきが弱いことを示します。

 

〈都道府県ごとの犯罪不安と厳罰傾向の関連〉

特に注目していただきたいのが山陽三県(岡山、広島、山口)の結果です。これらの3県は他の都道府県と比べて青が濃く、これらの3県では、犯罪不安が強かったとしても厳罰を求めない傾向があることが読み取れます。

この研究はまだまだ萌芽的なものですが、山陽地方の特異性を示すものとして今後の研究の基盤になりえます。

また、今後も研究を続けていけば、今回の結果と同じく様々な変数に差があることが分かるかもしれません。そして、そうしたことが分かれば、地域ごとの実情に見合った政策を推進・採用することが可能になるという点で社会的・政策的に大きな意味があります。

 

今後の展開

地方犯罪学の視点から考えられる研究テーマはさまざまです。以下に考えられる例をいくつかご紹介します。

防犯ボランティア

福山大学心理学科では大杉准教授や平教授を中心に様々な防犯ボランティアが行われています(これらについてはたとえばこちらこちらの記事をご参照ください)。

このような市民による活動の役割は、都市と地方で異なる可能性があります。たとえば、都市部では警察や行政などの公的機関が豊富な人員や資源を持っており、事件や問題に対して速やかに対応できる体制が整っていることが多いと思われます。一方、地方部では人的・物的リソースが限られており、公的機関の対応だけでは十分とは言えないケースもあります。その結果、市民によるボランティアや地域活動が重要な役割を果たす場面が多くなるかもしれません。

このような違いを丁寧に検討していくことは、地域ごとの防犯体制の構築に貢献するものと考えられます。

処遇と社会復帰

犯罪を犯した人の社会復帰(いわゆる「処遇」)のあり方も、都市と地方で異なる形になる可能性があります。

地方では人間関係が密であることから、一度罪を犯した人に対して厳しい目が向けられ、再出発が難しくなるという側面があります。他方で、関係性が密であるがゆえに、周囲の支援を受けやすく、地域全体で更生を支える仕組みが作られやすいという可能性もあります。

こうした点を検討することで、有効な社会復帰支援のあり方は地域ごとに異なることを明らかにできるかもしれません。

トラブル等に対する市民の反応

事件や紛争に対する市民の反応にも、地域差があると考えられます。

都市部では人と人とのつながりが希薄であるため、トラブルが発生した際には即座に警察などの公的機関への通報が行われる傾向があるかもしれません。一方、地方部では人々のつながりが強く、「まずは地域内で話し合って解決しよう」とする傾向が強いかもしれません。

こうした違いを理解することは、地域ごとの防犯・治安政策の立案に役立つ可能性があります。

交通法関連

たとえば、自転車の飲酒運転に関する対応にも、都市と地方で違いが出てくる可能性があります。

都市では人や車の往来が多く、わずかな不注意が大きな事故につながるため、厳格な取り締まりが必要とされるかもしれません。一方、地方では交通量が少なく、同じルールを画一的に適用することが地域の実情にそぐわない場合もあります。たとえば、最近には尾道市の瀬戸田で自転車の酒気帯び運転をした人が懲戒処分を受けたという事案がありました。こうした一律の取り締まりが適切かどうかには検討の価値があるかもしれません。たとえば、路上喫煙についてそうされているように、全国一律の法律ではなく、地域の実情に応じた条例によって柔軟に対応することが望ましい場面もあるでしょう。

こうした知見を集めることで、地域ごとに有効な政策を提言できるかもしれません。

まとめ

このように、地方犯罪学は単なる「地方の犯罪を扱う学問」ではなく、地域ごとの特性を踏まえた多角的な視点から、犯罪・防犯・処遇・市民の反応などを検討していく新しいアプローチです。

今後のプロジェクトでは、特に山陽地方を中心に、日本における「地域差」に注目しながら、社会的・政策的意義のある研究を進めていきたいと考えています。

 

 

学長から一言:心理学科の司法犯罪コースで立ち上がった地方犯罪学の研究プロジェクトは、ついつい引き込まれそうになる魅力的側面や探求課題が詰まっているようです。都市とは種々の条件が異なる地方において、その独特の条件が引き金となって起こる各種の犯罪やそれへの人々の対処の仕方やものの考え方、その後も陰に陽に現れる影響関係等々。都市にまつわる犯罪の研究に比べて相対的に歴史の浅いという分野の研究に本学の専門家諸氏がどうアプローチし、一つ一つ解明が進むのか、続編の報告が待たれます。