【心理学科】地方犯罪学研究会の開催報告

心理学科向井です。

本記事では、心理学科の教員が中心となって行っている地方犯罪学プロジェクトについてご報告させていただきます。

 

地方犯罪学とは?

以前の記事でお伝えした通り、心理学科では現在、地方犯罪学(rural criminology)についての研究を進めています。地方犯罪学とは、主に地方(rural)に着目する犯罪学の一分野で、地方(田舎)と都市では、生じる犯罪やそれに対する社会の反応にどのような相違があるのかを検討する研究領域です。

日本に限らず多くの国は都市化が進んでいる一方、地方では過疎化が進み、地方の抱える課題に注目が集まるようになっています。それを受け、地方犯罪学も犯罪学の中で存在感を放つようになっています。

 

研究会について

目的

こうした状況は日本でもほぼ同じです。東京への一極集中が進む中で、高齢化・過疎化が進む地方との格差・分断が強まっています。他方、こうした格差・分断を解消するために、「地方創生」の目指す試みもあります。

このように日本においても地方に着目する動きは存在していますが、犯罪についての研究はほとんど存在しておらず、直接参考にできる研究もあまり多くはありません。

そこで、研究プロジェクトでは、まず今後具体的にどのような研究を進めていくのかを明確化することを目指して、5回の研究会を行いました。この研究会は、2025年の夏ごろに発足し、福山大学や他大学の研究者、実務家(警察、刑務所、NPO関係者等)などが参加しました。

内容

第1回の研究会(2025年7月23日)では、参加者同士の顔合わせをした上で、向井から研究の趣旨・目的などの共有が行われ、「地方をどのように定義するのか(地方と都市を2つに分けるだけでいいのか、地方の中にも漁村や農村などいろいろな種類があるのではないか)」、「人員の問題などから地方と都市には大きな差があるだろう」、「外国人(移民)の数や産業、ジェンダーとの関係など、研究できることは多いだろう」などの意見が出されました。

 

第2回の研究会(2025年8月27日)では2つの話題提供が行われました。

1つ目として、福山大学の平伸二教授から、「日本にも地方犯罪学的な発想がなかったわけではない」、「西欧の研究を後追いするだけでなく日本の独自性を出せれば良い」などの話題が提供され、福山大学で行われてきた防犯ボランティアの活動についてもご紹介いただきました。

 

2つ目として、島根あさひ社会復帰促進センター金子みずき氏から、主に島根県の状況についてご紹介がなされ、「島根県では犯罪が少ないが、他方、自宅に鍵をかける習慣がないなど、地方の独自性があり、こうした習慣が認知率を下げている可能性がある」などの興味深い観察が提示されました。

 

第3回の研究会(2025年9月25日)では、福山大学の大杉朱美准教授から、主に「飲酒運転や防犯行動については地方と都市の間で差が見られるのではないか」、具体的には過疎化や公共交通の弱さによって地方の方が飲酒運転などの交通事犯は許容されやすいのではないか、ボランティアの参加人数や青パトの割合も異なるのではないかなどの話題が提供されました。

 

第4回の研究会(2025年10月16日)では、東京女子大学のデイビッド・ブルースター准教授から、再犯防止推進計画に関する分析結果が報告されました。具体的には、同計画に使われている語彙を数量化し分析したところ、全国の計画と都道府県の計画の間に差は小さいが、同時に都道府県の計画間には興味深い相違が見られた旨の話題提供が行われました。

 

いったんの最終回である第5回の研究会(2025年12月6日)は対面(於:福山大学)で行われました。向井から今次の研究会で達成できたことについての総括が行われました。また、今後の展開として、関連学会等でのシンポ・ワークショップの開催を目指し、それに向けて個別の研究を行っていく方向性で一致しました。

諸々の都合上話題提供をいただく機会はございませんでしたが、このほかにもダニエル・ガルシア=ラミレス(コスタリカ弁護士会)、川中和之氏(福山西警察署)、中島学教授(福山大学)、新田悟朗氏(NPO法人尾道空き家再生プロジェクト)、米丸愛里氏(福山大学・大学院生)、綿村英一郎教授(大阪大学)や、福山大学の広報・企画関係の方にもご参加いただきました。

 

達成できたこと

1.研究方針の明確化

この研究会が当初始まった時点では「地方の犯罪」という大きなテーマにどこから切り込むのかも具体的になっていませんでした。しかし、「どのような犯罪が地方で目立つか」、「着目することに社会的・学術的意義があるか」、「研究者以外との連携がしやすいか」などの観点から5回の会で議論を重ね、交通事犯(自動車・自転車の飲酒運転やながら運転)に1つの切り口とする方針が定まりました。

交通事犯は自家用車依存の強い地方で発生しやすく、近年は道交法の改正が相次いで社会的注目が高まっている点でも、地方犯罪学において重要なテーマです。これを検討することで、地方に固有の特徴や背景を明らかにでき、社会的にも重要性の高い知見を提示できることが期待されます。

 

2.ネットワークの確立

研究は1人でするものではありませんし、また研究者だけがするものでもありません。今回の研究会を通じて、研究者と実務家が立場を越えて協働しながら研究を進めていくためのネットワークが形成されました。

そのネットワークには、地方に暮らす人もいれば都市に暮らす人も、日本の研究者・実務家もいれば海外から参加してくださった方々も、若手・大学院生の参加者もいれば豊富な経験を持つ専門家もいます。

多様な背景を持つ人々が「地方の犯罪を明らかにする」という共通の関心のもとで結びついたことは、本プロジェクトにとって大きな成果であり、今後の研究を支える強い基盤になると感じています。

〈研究会後の写真〉

 

3.研究資金獲得(に向けて)

研究のためには調査や発表の旅費など様々な資金が必要になります。本プロジェクトのその例外ではなく、継続して研究を行うためには資金・予算が必要になります。

今次の研究会では研究の方向性を明確化することができましたので、社会安全研究財団研究助成に応募し、予算の獲得に向けて動き始めました。

今後も関連する助成金等に応募し、予算の獲得に向けて努力していきます。

 

今後の展望

今後の方向性としては、来年度に予定しているシンポジウム・ワークショップで成果を発表できるよう、それぞれの参加者が個別の研究や共同研究を進めていくことがメインになります。

また、本プロジェクトから生まれる知見を、学会のみならず社会にも還元し、福山大学から新しい学術的価値と社会的意義を発信できるよう、今後も取り組んでまいります。

報告できるような成果が得られましたら、また本記事や別の機会を通じてお伝えいたしますので、引き続きご期待いただければ幸いです。

 

 

学長から一言:心理学科では地方犯罪学に関する研究プロジェクトが着々と進んでいるようです。今年夏に始まった研究会も短期間のうちに既に5回を数え、学内外の専門家による斬新な観点からの報告が行われ、参加者の間で熱心な議論が展開しているようです。研究資金の獲得にも成功して、この分野の学問の地平をさらに拓いて行って欲しいものです。