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学長短信(牟田泰三 前学長) 
Rector Statements by Taizo Muta President

「学長短信」は、牟田泰三前学長が始めたもので、福山大学の大学運営を、どのような考えに立って、どのような方針で進めているのか、などについて、学長から教職員の皆さんに伝えるために、メールで届けているものです。

「学長短信」は、学内の皆さんに読んで頂くだけでなくて、大学外の方々にもこれを読んで頂いて、福山大学のことをより多く知って頂きたいと思います。そこで、前学長のものも含め、「学長短信」のバックナンバーを全て福山大学ホームページにアップすることにしました。

学外の皆さんにも、是非この機会に読んで頂きたいと思います。

☆ 学長短信 ☆ No.32 2010.04.07

☆ 精神文化と物質文化  

今から2500年ほど前、西のギリシャと東の中国でほぼ同じ時期に、優れた文化が花開いていました。それは、ギリシャ古典文明時代の哲学者達と中国春秋戦国時代の諸子百家によってもたらされたものです。

ギリシャや中国の哲学者達が書き残した諸文献を読んでみると、そのたどり着いた精神文化の高さに驚かされます。現在我々が論じていることはほとんどみなその当時にも論じられていて、いささかも古さを感じさせません。

2500年も昔となると、私たちは野蛮な時代というイメージを抱きやすいのですが、哲学者達の言葉をたどると、それがとんでもない間違いだということに気がつきます。ソクラテスは「一番大切なことは、ただ生きるだけではなくて、善く生きることである。」と言っていますし、孔子の論語には「人間にとって教育が問題なのであって、身分の違いは問題ではない。」と書かれています。老子の中には、「人は死を忌み嫌うが、死が憩いだということを知らない。」と述べられています。これらの発言がすでに2500年も前になされていたということは驚くべきことです。私達が現在でも似たようなことを考えて行動していることを思うと、人間の思考も行動も長い時間経ってもさほど変わらないものだなあと感じます。

このような感想をあるアメリカの知人に話していたら、「要するに、理系の学問は20世紀にかなり進歩したのだけれど、Humanity 分野では(経済学を除いて)革命的な進歩がなかったということですよ。歴史学や政治学や教育学の研究者は沢山いるんですがね。」という反応が返ってきて、なるほどなあと思ったものです。

最近の理系の学問の進歩に目を奪われて、文系の学問は進み方が遅いと感じられるかもしれませんが、5000年のスケールの中で考えると、すでにはるか昔に文系文化が栄えていたことがわかります。

最近100年ほどの間の物質文化の進展によって、みるみるうちに物質の根源的な構造は解き明かされ、生命の神秘も解明されつつあり、それらの新しい知見が応用されて、少し前までは思いもよらなかったことが出来るようになりました。

この間、精神文化はどうなっていたのでしょうか。急激に進む物質文化の進展の中に埋もれて、精神文化は居場所を失い、その大切さが忘れられかけています。近年の悲惨な事件などを聞くにつけても、精神文化の復権を思わずにはいられません。

現代人は精神文化が物質文化を圧倒していた時代があったことを忘れているのではないでしょうか。

4月6日(火)の入学式の学長告辞では、このような趣旨のことを申し上げました。


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