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FUKUYAMA UNIVERSITY School of Pharmacy

福山大学 薬学部  TEL 084-936-2111(代)
〒729-0292 広島県福山市学園町1番地三蔵

研究内容Research 研究テーマ『漢方薬の科学的解析』

 漢方医学 Kampo Medicine は数千年の年月をかけた莫大な臨床実績の上に確立された治療法ですが、実証的な西洋医学に比べ、科学的なデータが不足しているために「非科学」とする否定的な意見が聞かれます。しかし漢方薬には経験医学に基づく多くの利点があることが分かってきています。当研究室では「未科学」な漢方薬の製剤学、薬物動態学、薬理学的な面から科学的解析を行い、漢方薬の普及と適正利用を目的に研究を進めています。

1)漢方薬の多成分同時分析

 漢方薬の最大の特徴は、複数の生薬を組み合わせた多成分のカクテル(複合成分系薬物)です。それ故に単一の化合物からなる西洋薬に比べ、漢方薬は多彩な作用ベクトルをもち、様々な症状に対応できます。このような複合成分系薬物を対象とした製剤学あるいは薬物動態学的な研究のためには、漢方薬に含まれる多成分を同時分析する測定法の開発が必要となります。漢方薬はすべて植物、動物、鉱物からなる天然由来の生薬から構成され、同じ漢方薬でもその成分含量や成分パターンに違いがあります。下図は大黄甘草湯の3次元高速液体クロマトグラフィーによる分析例です。このような多成分同時分析によって漢方薬のfinger-print(指紋)を得ることで、それぞれの漢方薬の品質や同等性などの科学的特性を識別することが可能になります。
        
         大黄甘草湯の3次元HPLCパターン
 当研究室では葛根湯、麻黄湯、小青竜湯などの桂麻剤(J. Pharm. Biomed. Anal., 19, 603-612, 1999 & J. Pharm. Biomed. Anal., 20, 363-372, 2000)や大黄甘草湯、調胃承気湯などの大黄剤(Natural Medicines, 56, 1-6, 2002)をはじめ、黄連解毒湯(Biol. Pharm. Bull., 22, 1015-1021, 1999)、四逆散(Chem. Pharm. Bull., 48, 1782-1785, 2000)など漢方薬の多成分同時分析法を確立しています。

2)漢方薬の製剤学的研究

 漢方薬は複数の生薬を組み合わせることによって、薬効の増強や副作用の軽減を追求してきました。そのため、漢方薬に含まれる成分同士による相互作用が想定されます。しかし漢方薬中の成分に関する相互作用はほとんど分かっていません。当研究室では、漢方薬のおける生薬の配合意義を製剤学的な視点から解析し、小青竜湯における甘草の処方量の謎(J. Pharm. Biomed. Anal., 19, 603-612, 1999)、麻杏甘石湯における石膏の意義(J. Pharm. Biomed. Anal., 20, 363-372, 2000)などについて明らかにしてきました。下図は便秘に有効な大黄剤の調製法について検討した例です。大黄に含まれる下剤効果をもつセンノシドAは熱によって分解し易いことから、下剤効果を必要とする場合は大黄を後から短時間煎じる(後煎)必要があると考えられていました。しかし漢方文献(古典)にはそのような調製法の記載がないことから、調製時間とセンノシドAの抽出量の関係、さらに調製時間と下剤効果について検証しました。その結果、大黄は通常の調製法(常煎法)で問題ないことを証明しました(J. Trad. Med., 19, 114-118, 2002)。

            大黄剤の調製方法に関する誤解

3)芍薬甘草湯におけるグリチルリチンの腸内代謝

 同じ薬剤でも患者さんによって応答性は様々で、効果を示す人(レスポンダー)と効果を示さない人(ノンレスポンダー)がいます。漢方薬は患者の体質や症状に対応して使い分けられおり、その診断基準となるものが漢方医学の基本概念である『証』です。現代流に言い換えると、証とはレスポンダーとノンレスポンダーを見極めるための指針ということになります。そのため、証に従って患者に最適な漢方薬を選択することで、その効果を十分に発揮し副作用を防ぐことができます。しかし証に関する科学的なエビデンスはほとんどありません。
 漢方薬に含まれている代表的な配糖体として、グリチルリチン(甘草)、ペオニフロリン(芍薬))、センノシド類(大黄)、ギンセノシド類(人参)、サイコサポニン類(柴胡)などが有名です。これら配糖体はいずれも消化管下部で腸内細菌によって代謝変換された後に吸収されることから、プロドラッグ(Prodrug:体内で変換を受けることで活性を示す物質)と考えられています。そのため腸内細菌叢(腸内フローラ)は漢方薬成分の消化、吸収、排泄に重要な意味をもち、その薬効発現に大きな役割を担っています。さらに腸内フローラには個人差があり、年齢、食事、ストレス、病気などによって変動することから、腸内フローラと証の関連性が指摘されています。

            漢方配糖体成分の腸内代謝
 芍薬甘草湯は、筋肉痛、こむらがえり、月経困難症などに臨床応用される漢方薬で、その機序の一つとしてグリチルリチンとペオニフロリンの相互作用が報告されています。当研究室におけるラット糞便懸濁液を用いた配糖体の代謝実験で、グリチルリチンはペオニフロリンやリクイリチンなどの配糖体に比べ顕著に代謝が遅いことを明らかにしています。このグリチルリチン代謝は芍薬甘草湯を摂取させることで、一部のラットにおいて有意な亢進を認めました(Biol. Pharm. Bull., 24, 1161-1164, 2001)。この代謝について個々のラットを比較すると、非常に亢進するラット(レスポンダー)とあまり亢進しないラット(ノンレスポンダー)が存在します。これらのことから、芍薬甘草湯の効き目に関して、腸内フローラを要因としたレスポンダーとノンレスポンダーの存在が推察されました。芍薬甘草湯とその有効成分であるグリチルリチンに同じ効果が認められることから、グリチルリチンを用いてノンレスポンダーのレスポンダー化を試みました。グリチルリチンを21日間連続投与するとノンレスポンダーの4割近くがレスポンダー化し、さらにノンレスポンダーのラットを12時間絶食させながら14日間グリチルリチンを与えたところ、全部のラットがレスポンダーになりました。漢方薬は一般に食間もしくは食前の服用が指示されています。漢方薬の有効成分はグリチルリチンのようなプロドラッグの形態で含有されており、我々の実験で得られて絶食によるグリチルリチン代謝の亢進は、ほとんど総ての配糖体でも同様に起こりえることから、漢方薬の食間もしくは食前の服用が理に適っていることを裏付けることができました(J. Trad. Med., 22, 252-256, 2005)。

     グリチルリチン代謝に対するレスポンダーとノンレスポンダー

4)水分代謝異常による下痢モデルマウスを用いた五苓散の止瀉作用

 五苓散は全身性の水分代謝異常(水滞)によって起こる嘔吐、下痢、浮腫、めまい、頭痛など様々な疾患に奏効します。そこで腸管内の水分過剰によって起こる下痢モデルマウスを作製し、五苓散の作用を検討しました。このモデルマウスに対し、冷えによって誘発される下痢に効果のある人参湯は効果を示しませんが、水分代謝異常によって起こる下痢を五苓散が抑制したことから、五苓散と証の関係を明らかにすることができました。

      水分代謝異常モデルに対する五苓散と人参湯の止瀉作用の比較
 さらにこのモデルマウスを使った実験で、1)五苓散を構成する5つの生薬のうち1つでも抜けると、五苓散の下痢抑制作用が低下する、2)37℃と煎じて調製した五苓散を比較すると、煎じることで下痢に対する抑制効果が有意に弱まることが分かった。本来、五苓散は煎じ薬と異なり、5つの生薬の粉末を合わせたものです。すなわち、昔の人は五苓散の作用が加熱によって失われることを経験的に認識していたのでしょう(Kampo Med., 60, 493-501, 2009)。

5)大黄甘草湯の瀉下作用に対する甘草の配合意義

 大黄甘草湯は大黄と甘草の二味からなる処方で,比較的体力がある硬い便が出る便秘症の治療薬として頻用されています。大黄甘草湯の下剤作用はセンノシドAを中心としたセンノシド類によって惹起され、これら成分は腸内細菌によってレインアンスロンに代謝されて下剤活性を示しプロドラッグです。そこで大黄の下剤活性に対する甘草成分の影響を検討し、大黄甘草湯における甘草の配剤意義を検討しました。下図はマウスにセンノシドAと甘草ならびに甘草のフラボノイド成分であるリクイリチンを経口投与した結果です。甘草やリクイリチンは濃度依存的にセンノシドAの下剤活性を高めました。この機序は腸内代謝実験によって、センノシドAの腸内代謝促進作用によることが明らかになっています(Chem. Pharm. Bull., 59, 1106-1109, 2011、Biol. Pharm. Bull., 34, 1438-1442, 2011)。

         センノシドAの下剤活性を促進する甘草成分

6)大黄甘草湯と抗生物質の併用による問題

 大黄甘草湯は緩下(下剤)を目的に一般ならびに医療用漢方製剤として頻用され、その作用は腸内細菌によってセンノシド類から代謝変換されたレインアンスロンによるものです。そのため腸内代謝は大黄を含む漢方薬やセンノシド製剤の下剤活性発現に重要な役割を担っています。そこで腸内細菌に対して直接的に影響を及ぼす可能性のある8種類の抗生剤について、大黄甘草湯およびセンノシドAの下剤活性に対する薬物相互作用を検討しました。アンピシリン、セフカペンピボキシル、カナマイシン、ホスホマイシン、ファロペネムは大黄甘草湯とセンノシドAの下剤活性を有意に抑制しましたが、クラリスロマイシンやレボフロキサシンは影響を及ぼしませんでした.抑制したこれらの抗生剤はいずれも消化管から吸収されにくく,殺菌的に作用することから、消化管下部におけるセンノシドA代謝に強く影響を及ぼしていると考えられます。このことから、大黄剤やセンノシド製剤と抗生剤との併用に注意が必要であることを報告しました。さらにミノサイクリンは大黄甘草湯とセンノシドAに対する反応性が異なり、センノシドAのみ下剤活性が有意に抑制を受けました。この抑制作用は甘草またはグリチルリチンをセンノシドAと同時経口投与することで消失しました(Biol. Pharm. Bull., 34, 1438-1442, 2011)。

       大黄甘草湯やセンノシドAの下剤活性に対する抗生剤の影響