研究内容紹介

私たちは、今まで一貫して脊索動物の進化を、現在生きているこのグループの中でも、かなり祖先型に近いと思われる原索動物被嚢類(ホヤ類)を用いて、特にその神経系の個体発生および系統発生に重点を置いて研究してきました。なぜこのような研究がおもしろいのか、またどのようにして研究するのか、その結果どのようなことが明らかになると期待できるのか、以下にその背景となる基礎知識も含めて解説していきたいと思います。各文章におけるキーワードは赤字で示しました。

1.ホヤってなあに?

今年の春、久しぶりに仙台駅に降り立ち、大変驚きました。駅自体がとてもきれいになっているのはもとより、おみやげ品売り場に様々なホヤの加工食品が並べられていたからです(図1)。仙台の名物というと牛タンか笹かまぼこしか思いつかない私にとって、ここまで堂々と”ホヤ”が一般観光客に向けて販売されていることに正直ある種の感動を覚えました。というのも私たちホヤを研究しているものにとって、第三者に研究内容をお話しするには、まずホヤとは何かについて延々と説明しなければならないのが普通だからです。

ホヤはこのように、東北地方では養殖されており、重要な水産資源の一つとなっています。稚ボヤをロープや貝殻などに付着させ、海に吊して3年ほど飼育します。採取したホヤはその日の内に市場などに並べられ、観光客もお寿司やさんや飲み屋さんなどで食することができます。一般には固い殻(被嚢)を剥き、中のオレンジ色の身を取り出し、ぶつ切りにしたものをお刺身(図2)や酢の物でいただくのが普通ですが、札幌などにはこのほか天ぷらや焼き物などいろいろなホヤ料理を出してくれる専門店もあります。その独特の味は始めて食べる人をとまどわせますが、本当に新鮮な取立のホヤの刺身は、赤貝のような食感にほのかな甘みが伴って、とってもおいしいものです。ホヤを始めて食べる人はぜひ東北まで行って、石巻や塩竃のお寿司やさんで試してみることをお勧めします。くれぐれも古いホヤを食べてその生臭さに嫌気がささないことを祈っています。

2.ホヤを研究して何がおもしろいの?

それではなぜこのようなホヤを私たちは研究しているのでしょうか?その最大の理由は、そのユニークな系統学的位置にあります。地球上に現在生きている動物をグループ分けし(分類学)、単純なものから複雑なものへとその系統関係をたどっていくと(系統学)、大きく二つの道筋に沿って進化してきたことがわかります。一つは硬い骨格を体の外側につくり(外骨格)、脱皮によって成長を繰り返す節足動物を頂点とする道筋です。もう一つは私たち人間のように体の内側に硬い骨格構造(内骨格)を発達させ、それで体を支持したり、また複雑な運動を可能としてきた脊椎動物を頂点とする道筋です。これら二つの道筋は元々は海綿動物やクラゲ・イソギンチャクなどの刺胞動物などの祖先から、遠い過去において分岐したものであるといわれています。脊椎動物につながる系統は、その個体発生において肛門よりも口が後に形成されるため後口動物(あるいは新口動物)といわれています。この系統は下等なものからウニやナマコなどの棘皮動物、ギボシムシなどの半索動物、ホヤやナメクジウオを含む原索動物、そして私たち脊椎動物です。古くから脊椎動物以外の動物は無脊椎動物として一括され、脊椎動物に比べて下等なものと思われてきました。

では、脊椎動物は地球の歴史の上でいつ誕生してきたのでしょうか?はるか5〜6億年前、先カンブリア時代の地層から、脊椎動物の祖先と思われる化石が出土しています。ピカイアと呼ばれたその動物は、まだ脊椎のような硬い骨格を持っていませんが、脊索という体の中心を通る1本の棒状構造を持ち、それを軸として体を左右にくねらせて原始の海洋を泳ぎ回っていました。我々もお母さんのお腹の中にいるうちは脊索を持っていますが、生まれてくる頃までには背骨に置き換わって脊索は退化してしまいます。魚の場合には卵から孵化してもしばらくは脊索が残っており、背骨ができてくるのはそれからしばらくたってからです。また今まで色々な人の研究で、脊椎動物の特徴である脊椎や脳・脊髄などは脊索がないとできてこないことがわかってきました。つまり、脊椎動物が脊椎動物であるためには脊索があることが個体発生的にも系統発生的にも重要なのです。進化の過程で始めて脊索を獲得したピカイアは現生生物ではナメクジウオ(図3)に最も似ているといわれています。ナメクジウオは魚ではなく、原索動物の仲間で、生涯脊索を持つ代わりに、脊椎骨はできてきません。ホヤも原索動物の仲間で、大人になると海底の岩などに付着してほとんど動き回ることはありませんが、その幼生はカエルのオタマジャクシそっくりで、脊索を持ったしっぽで活発に泳ぎ回ります(図4)。このようなことから現在では、背骨のあるなしで動物を分けるよりも脊索のあるなしがより重要であるとの認識が強まり、脊椎動物と原索動物をあわせて脊索動物門とすることが一般的になってきました。

その他にもホヤを研究する利点はいっぱいあります。私たちが用いているカタユウレイボヤは受精してから一日で孵化して幼生になり、さらに1〜2日で付着して変態します。体は透明で顕微鏡下で容易に内部構造を観察することができます。基本的な体の構造は脊椎動物と同じであるにもかかわらず、それらを形作る細胞数は比較的少なく、ヒトの脳細胞が数億であるのに対してホヤ幼生の神経細胞は数百しかありません。つまりヒトではできそうにもない一つ一つの神経細胞に名前を付けてその機能を調べることができるということです。私たちの研究室では、このような利点を最大限に利用して、以下に述べるような方法で脊索動物の進化、特に神経系の進化を研究しています。

3.どのようにして研究するの?

今までにお話ししたように、我々のような脊椎動物型の神経系、つまり始めは背側の中空の管として生じ、やがて前方部がふくらんで脳になるような神経系が進化の過程でどのように生じてきたのか、またそれに伴って感情、意識、記憶などの複雑な機能がいつからどのように獲得されてきたのか、興味はつきません。このような特徴は、世代から世代に受け継がれていきますから、多かれ少なかれ遺伝情報として遺伝子に書き込まれているはずです。ですから、神経系の発生や機能に必要な遺伝子を網羅的に調べ、色々な動物で比較することが必要になってきます。そのためには比較する生物の全遺伝情報(ゲノム情報)を知る必要がありますが、幸いなことにホヤの大まかなゲノム情報がすでに解読され公開されています(図5)。この報告がのっているのはScience 2002年の12月号の表紙で、特別な方法で脊索だけを光らせたホヤ幼生の写真が掲載されています。

ではホヤのゲノム情報がわかると、どのようなことができるのでしょうか?例えば運動神経はアセチルコリンという物質を神経細胞の軸索末端から、筋肉細胞に分泌することによって、筋肉細胞を刺激し収縮させます。このような化学物質を神経伝達物質といって、アセチルコリンの他にも神経細胞によって色々なものが知られています。例えばみなさんがよく知っているものでは、ノルアドレナリンやGABA等がありますね。原則的に一つの神経細胞は1種類の伝達物質を合成・分泌しているので、その種類によって神経細胞を分類し、さらにその働きを類推することができます。先程述べたように、ホヤ幼生の神経細胞は100個程度しかありませんから、これによってすべての神経細胞を分類同定することが可能です。さて話を元に戻しましょう。ホヤにはアセチルコリンを合成・分泌する神経細胞(このような神経細胞をアセチルコリン作動性神経といいます)があるのでしょうか?ここでゲノム情報が役に立ちます。アセチルコリン自体はタンパク質ではありませんが、それを合成する酵素(コリンアセチルトランスフェラーゼ:ChAT)はタンパク質です。下に遺伝情報の流れ(セントラル・ドグマ)を示しますが、このようにタンパク質の設計図は遺伝子に書き込まれていますから、他の動物で知られているChATの遺伝情報がわかれば、インターネットでホヤの遺伝子データベースにアクセスして、瞬時にホヤChAT遺伝子を探し出しことができます(もしあればですが)。

昔ならある特定の遺伝子を取り出して調べるには、運が良くても数ヶ月、場合によっては何年もかかったものが、今ならほんの数分でその情報が得られるのです。ですからある生物のゲノム情報が利用できるというのは、何年分もの仕事を短縮することができることと同じなのです。

次ぎにこの遺伝子があることがわかったら、それがどの細胞で働いているか知りたくなります。原則的にすべての細胞は、その生物に必要なすべての遺伝子を核という金庫の中に大切に保管しています。細胞は必要なときにこの設計図の必要な部分を複写して使用します。そのようにしてコピーされた設計図の複製断片は、その細胞に特有のものであり、その中に先ほどのChATの複製設計図(これをRNAといいます)が含まれているかどうかを、ある方法で調べることができます。これはin situハイブリダイゼーションと呼ばれる方法で、ここでは残念ながら詳しく説明するスペースがありませんが、このようにしてChATの複製設計図のある場所を示したのが、右の写真です。首の付け根の青く染まっている部分がそれで、ここにアセチルコリン作動性の運動神経が存在しています。

さらにこの設計図から作られたChATタンパク質そのものを調べることもできます。それには抗体というものを使います。簡単に説明すると、我々脊椎動物は体の中に異物が侵入すると、それを分解したり無毒化するためにその異物と特異的に結合する抗体というタンパク質分子を作ります。例えばホヤのChATタンパク質をマウスに注射しますと、マウスにとってホヤのタンパク質は異物ですから、それに対する抗体をせっせと作り始めます。それができたところで、採血してその血清部分を取り出します。運が良ければその中に目的のホヤChATに結合する抗体が含まれているので、それを用いて間接蛍光抗体法という方法でChATタンパク質のある場所を光らせることができます。現在私たちはこのようなホヤの神経伝達物質合成酵素に対する抗体を、たくさん作製中です。まだできていないので、ここでは以前に作ったホヤ幼生の全神経系に特異的に反応する抗体の蛍光抗体像をお見せします。如何です?とてもきれいでしょう?

このようにしてホヤ幼生の神経マップを作ってみました。まだ個々の神経細胞の数や働きを、正確に表すまでに至っていませんが、近い内には完成させたいと思っています。

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