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附属図書館 利用案内
FUKUYAMA UNIVERSITY Library

貴重書について

四大古典派経済学者著作コレクションの概観

A General Explanation of the Collection of the Four Great Classical Economists' Works

本学図書館が所蔵するスミス・コレクション(156点267冊)、マルサス・コレクション(16点16冊)、リカードウ・コレクション(93点123冊)、J.S.ミル・コレクション(138点168冊)は古典派経済学を代表する経済学者の著作、関連書および研究書を収集したものである。これら4コレクションは各々に収集された冊数から見ても古典派経済学全体を網羅するといえる。実際、かれらについて研究するには、全集または著作集がすでに刊行されているからそれを利用することによって目的を達成しうるだろうが、それにもかかわらずコレクションの歴史的原典のみがもつ学術的価値はいささかも減ずるものではない。これらコレクション全体で特筆すベきことは、スミス蔵書1点、マルサスの未発表の手紙1点、J.S.ミルの未発表の手紙3点についてである。なお、マルサスとミルの未発表の手紙については、他の機会において詳細に報告されるであろう。

スミス・コレクション マルサス・コレクション リカードウ・コレクション
J.S.ミル・コレクション


スミス・コレクション


アダム・スミス(AdamSmith,1723-90)は経済学創始者であるが、文芸批評家として学者生活を始め、グラスゴー大学道徳哲学教授、のちにはその総長やスコットランド税関委員の要職に就いた。スミスの著作については、『諸国民の富』(66点158冊)、『道徳感情論』(18点27冊)、かれの死後友人によって出版された『哲学論集』(4点4冊)である。このコレクションは古版本がよく揃っており、特に『諸国民の富』については、初版(1776》から11版(1805)までと、ダブリン版は初版(1776)から3版(1793)まで揃っており、さらにエディンバラ版(1806)、グラスゴー大学版(1805)、ロンドン版(1812)、フィラデルフィア版(1796)の各版が含まれる。ガルニエ版を含むフランス語版8点、ドイツ語版3点、最初のイタリヤ語版(1790-91)1点、スペイン語版(1814)1点と、編者の注釈をつけた普及版も17点と充実している。

未発表のマルサスの手紙は『エディンバラ・レヴュー』の編集者フランシス・ジェフリ宛の1812年8月18日付の手紙である。この手紙は一葉4ページから成り、マルサスが『諸国民の富』の新版を計画していたことと経済学史上でのD.ステュアート、F.ジェフリ、T.R.マルサスの関係を明らかにした極めて貴重な手紙である。手紙の一部は次のようである。

「およそ6~7年前、私はCade11 & Davies社からの申し入れによってアダム・スミスの新版を出版することをかつて考えました。そのことはおりおり私の考えにありましたが、その当時、私はまったくあきらめていました。私がバース近郊のクレバートンに滞在したこの夏、ハンタースクエアのトムソン氏という名前のエディンバラの書店商の訪間を受けました。かれは私に再び新版のことを話し、1500ポソドを喜んで提供するということでした。かれは次のように話しました。ドゥーガルド・ステュアートに申し出たら、かれは辞退し、最適任の人物として私の名をあげたということです。」

D.ステュアートはエディンバラ大学での講義、『経済学講義』の中でマルサスの『人ロ論』を高く評価しているからステュアートがマルサスを『諸国民の富』の新版の編集者として推奨したのもうなずける。当時の『諸国民の富』はガルニエ版の踏襲であったが、マルサスはかれの新版について次のように述ベている。

「私が考えております版は、若干の短い注釈をページの脚部につけ、そして、ガルニエ氏のフランス語版をひな型にしたたくさんの長い注釈と論文からなる追加本をつけた版です。」

しかし、これは出版されず、マルサスが計画した構成で出版されたのがブキャナン版(1814)であることが、手紙から推察される。マルサスの貴重な手紙とともにこのコレクションには約3000点といわれるスミスの貴重な蔵書の1冊が含まれている。それはポッカチオの『デカメロン』の矢内原忠雄の Catalog of αAdam Smith's Library(『アダム・スミス所蔵目録』)にも言及されている。この書物がルネサンスを代表する書物で、誰もが書名だけなら知っているほど有名な書物であるから、スミスと『デカメロン』との関係にも興味が惹かれる。文芸批評家としてスミスが初めて出版した亡命詩人ハミルトンの詩集(1748)など、このコレクションは書物の装丁の美しさ、保存の完全さから極めて内容豊かなコレクションである。(詳細は『福山大学・学報』、第26号,1985,参照


マルサス・コレクション


トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus,1766-1834)は牧師であり『人ロ論』の著者として有名であるが、かれは新設の東インド大学の近代史・経済学の担当教授として終生『諸国民の富』を講義したといわれる。かれの『人ロ論』は古典派経済学の理論的支柱として、その確立に貢献した。

このコレクションには、父ダニエル・マルサスとの討論から成立したといわれる『人ロ論』は、発行部数もわからない初版(1798)から4版(18O7)までと、別冊のかたちで出版された増補本(1817)までが揃っている。J.M.ケインズが高く評価した『食糧高価論』(1800)、救貧法に関する『サムエル・ホイットブレッドへの手紙』(1807)、リカードウとの対立を決定的にした穀物法論争のパンフレット、『顎物法に関する諸考察』3版(1815)、『外国小麦の輸入制限政策の諸根拠』(1815)、『地代の性質と増進についての一研究』(1815)があって、殻物法論争の主要な原資料を所蔵することになった。さらに『経済学原理』初版(1820)、『価値尺度論』初版(1823)、『経済学諸定義』初版(1827)などマルサスの学史上の重要な文献が含まれる。なお『人ロ論』の関連書として、匿名著書の『マルサス氏の原理の弁護』(1813)やプレイスの『人ロ原理の例証』(1822)やリードの『マルサス氏の理論に答えた人ロ問題に関する議論の一般的陳述』(1821)が含まれる。このコレクションは冊数が少ないにもかかわらず重要な著作をすべて含んでいるといえる。


リカードウ・コレクション


デイヴィド・リカードウ(David Ricardo,1772-1823)は古典派経済学の確立者としてスミスとならぶ経済学史上の第一級の経済学者である。古典派経済学はリカードウ、マルサス、セー、シスモンディらイギリスとフランスの経済学者たちの間での理論研究を通して完成する。リカードウ自身の経済学への関心は『諸国民の富』を読んだことに始まり、地金論争・穀物法論争を通してかれは本格的に経済学を研究し、1817年に主著『経済学および課税の原理』を出版する。

このコレクションは、リカードウの著作および論文(24点)と議会演説(2点)を含むが、特に両論争に関するリカードウ以外の貴重なパンフレットを多く含んでいる。

まず地金論争は紙幣に対する金価格の騰貴という問題についてなされた議論である。リカードウがイングランド銀行の紙幣の過剰発行を指摘した論文『地金の高い価格、銀行券の減価の証拠』初版(1810)、その増補版3版(1810)、4版(1811)とその序文でかれが言及したキング卿の『イングランドおよびアイルランド銀行における正貨支払い規制に関する諸考察』(18O3)、この論争の火種となった『地金委員会報告書』初版(1810)が含まれる。この『報告書』が公刊されると、多くのパンフレットが出版された。銀行側にたつポウズンキト『地金委員会報告書に対する実際的観察』(1810)、シンクレア『地金委員会報告書に対する観察』(1810)、ハスキソン『わが国の通貨の減価問題に関する所見と吟味』(1810)らのパンフレットや『エディンバラ・レヴュー』に寄稿したマルサスの2篇の書評(1810,1811)、『報告書』に対する最も有力な批判と考えたリカードウが再批判した『ポウズンキト氏の「地金委員会報告書に対する実際的観察」への回答』初版(1811)がある。リカードウはこの論争によってJ.ミルやマルサスと親交をもつことになる。さらにこの延長である通貨論争では、リカードウは金地金本位制度を提唱する 。『経済的でしかも安定的な通貨のための提案』初版(1816)、2版(1816)、3版(1819)と議会演説『現金支払い再開の得策に関する秘密委員会でとられた証言録』(1819)があり、さらに『国立銀行設立試案』(1824)がある。この通貨論争には、スミス『リカードウ氏の「経済的でしかも安定的な通貨のための提案」に対する回答』(1816)、クロソピー『銀行券の減価に関するかれのパンフレットの分析を含んだD.リカードウ氏への手紙』(1817)、匿名のパンフレット『枢密顧問官リヴァプール伯および枢密顧間官ニコラス・ヴァンシタート宛の手紙』(1820)、パジェット『最近の通貨の減価の程度を評価する真の原理および銀行による現金支払い再開へのピール法案の影響についてのデイヴィド・リカードウ議員宛の手紙』(1822)、トゥック『穀物貿易および殻物法とに関連した通貨について』(1829)、ウエスタン『1822年6月11日火曜日、下院での枢密顧問官W.ハスキソンの演説に対する観察』(1823)、ホイットブレッド『デイヴィド・リカードウ議員への手紙のなかで簡潔に弁護した異端の冒涜者の告発』(1823)らのパンフレットが含まれる。

次に穀物法論争については、リカードウは資本家階級の立場から、穀物法反対の論陣をはった。これには『穀物の低価が資本の利潤に及ぼす影響についての一試論』2版(1815)と『農業保護論』初版(1822)、2版(1822)、3版(1822)、4版(1822)があり、この論争に関連して、きわめて珍しいブローダースト『穀物法修正提案に対する演説の本旨』(1820)やローダデイル『1828年6月13日、殻物輸入法案に関する上院の決定に対する抗議』(1828)のパンフレット、パーネル(1814)とローズ(1814)の議会演説、ターナーの『大英帝国の農業、商業および工業についての諸考察』初版(1822)、リカードウの地代論を批判したトムソンの『リカードウ氏および他の人々に対する真の地代論』7版(1830)が含まれる。これらの論争を通してリカードウの理論研究は進展し、J.ミルの推めに従って主著『経済学および課税の原理』を著す。これには、初版(1817)、2版(1819)、3版(1821)とセーの注釈と論評をつけたフランス語版初版(1819)、ドイツ語版初版(1821)およびフランス語版をそのまま出版したべルギー版(1835)がある。1823年に、リカードウに突然の死が訪れるが、かれの死亡記事を載せた新聞3点も含まれる。そのほか、全集にはマカロッ ク版全集(1846)やフランス語版全集(1847)など6点とポーナー編の『書簡集』2点、ジェイ.H.ホランダー編の『書簡集』1点が含まれる。

このコレクションには、リカードウと深い親交のあったJ.ミルの著作および論文集が8点13冊と、コペットの『アニュアル・レジスター』(1802-13)が収録されている.


ジョン・スチュアート・ミル・コレクション


ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mi11,1803-73)は哲学、論理学、倫理学、政治学、経済学の領域にわたる19世紀イギリスの最大の思想家である。ミルの著作がわが国でも明治期以来広く読まれたにもかかわらずミルの全体的評価は未だに定まっていない。

このコレクションに収録されているものは、ミルの著作84点112冊、ミルが編集した書物3点5冊未発表の手紙3点、エリオット編の『書簡集』1点2冊および研究書47点47冊である。ミルの著作では、重要な著作はすべて初版から含み、『論理学体系』(1843)は11点20冊、『経済学原理』(1848)は16点26冊、『経済学の未解決な問題について』(1844)は3点3冊、『自由論』(1859)は6点6冊、『代議政治論』(1861)は5点5冊、『功利主義論』(1863)は4点4冊、『ハミルトン哲学の検討』(1865)は5点5冊である。それに、『議会改革論』(1859)1点1冊、『コントと実証主義』(1865)3点3冊、『イングランドとアイルランド』(1868)3点3冊、『ミルの大学教育論』(1867)2点2冊、『宗教に関する三論』(1874)5点5冊である。複雑な成立事情をもつ『自伝』については、へレン・テーラーによって出版された初版(1873)、2版(1873)、5版(1875)、6版(1879)、新版(1908)とコス版(1924)とスティリンガー版(1961)がある。そのほかミルが編集した、ペッサムの『法廷証拠に関する理論』初版(1827)とジェ-ムズ・ミルの『人間精神現象の分析』初版(1869)、2版(1878)がある。さらに議会演説を出版した『婦人参政権』アメリカ版(1867)、『個人的代表』 初版(1867)などミルの知的エリート主義を知るうえで貴重な資料である。

このコレクションを豊かにしているのは、未発表のミルの手紙3通である。これら3通の手紙はいずれもヘレン・テーラー嬢(Miss Helen Taylor)の友人キャロリン・リンドリ嬢(Miss Carolin Lindley)宛で、ミルの私的な手紙である。1870年7月29日付の手紙は入学試験を含む大学教育についてのミルの見解を示したもので資料的にも価値がある。残り2通は年号はなく、そのうち11月12日付の手紙はバークペックの職工学校の情報を与えてくれたことに対するお礼の手紙で、11月19日付の手紙は病気見舞いに対するお礼と仕事のため招待に応じられないことを詫びる手紙である。

経済学部教授 長谷川隆彦

T.Hasegawa, Professor of Economics

問い合わせ先:福山大学附属図書館 電話084-936-2111

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