京都大学弓道部OB会誌「反求」平成一三年1月 1.24
お世話になりました・・・・・
一五年間の部長の務めを終えるにあたって
弓道部長 井上達雄
とにかく道場に来いというかなり強引なお誘いを受けて、一年あまりの副部長を経て、名誉ある京都大学弓道部長を仰せつかってすでに十五年経ちました。二年前の創部百周年記念事業も、岡本前部長、反求会員の皆様、現役部員の献身的なご尽力によって盛大に終えることができ、それを機会に引退を決意したところ、昨年の反求総会でご報告したように、昭和四六年に主将を務められた遠藤 隆氏(昭四七卒、農学研究科教授)を後任にお願いすることができました。定年までの年月を少し残してはいますが、京大が主幹校をつとめる今年七月末の国立七大学戦をもって、部長を遠藤先生に代わっていただくことにしました。この間、実質的には渡辺俊樹氏(昭和六一年卒)に幹事を務めていただいて、名がばかりの部長でしたが、楽しみながら過ごすことが出来たことに厚くお礼申し上げます。
この間、いろいろなことがありました。男子の部がほとんど一部にとどまり、また女子も躍進の過程にあるのは、何をおいても、川島正晃師範の厳しい中にも人間性あふれる豊かなご人徳のお蔭と感謝に耐えません。
この一五年間で脳裏に焼きついていることは多々ありますが、弓道部部員に関係することとしては、とくに昭和六一年の東大戦で手塚主将、羽賀副将と神戸主将の息詰まる戦いのありさま、男子一部昇格で胴上げをしてもらったこと、関西リーグ優勝で伊勢に前進したこと、全日で東大と優勝戦で覇を競ったこと、それに、師範により身近なご指導を賜るために部員の自主性で斜面打越しに変更したこと(=それが京大弓道部を強くしたと自信をもって断言できます)、京大広報に最初にわが弓道部がとりあげられたこと等々。
また、反求会については、百周年記念事業、立派な京大弓道部史が完成したことが何と言っても大きいことですが、昨年初めて開催され、そして今後も続くであろうOB七帝戦のことも良い思い出になります。反求会夏合宿をここ数年できたこと、特に、第一回(それに昨年も)優勝したものですから、少し調子に乗って、井上杯を創ったことも良い記念です。また、個人的ですが還暦のお祝いにと師範にいただいた弓で、反求総会交歓射会で優勝できたこと、それに、自分自身が、朝練をほとんど毎日出来たこと・・・など、楽しい思い出ばかりです。
ここで、皆様それぞれにお願いとメッセージを贈りたいと思います。
川島師範には。最近はお足も芳しくなく、他大学の指導は別のやりかたをとっておられるにもかかわらず、京大だけは遠方にもかかわらず来て頂いています。そして、合練が済むといつも部員を連れて、喫茶店でのご薫陶、また私がお邪魔した時には必ずご一緒に一杯、そしてタクシーご帰宅と、わずかなお礼を遙かに上回るご迷惑をおかけしています。師範には、一層ご健勝で、再び伊勢に部を連れていただくべく、引きつづきご指導いただくことをお願い申し上げます。
先輩、とくに若い先輩、なかんずく大学院生には、もっと道場に来てほしいと期待します。昨年から弘前へお移りになった斉藤先輩(昭和一七年卒)は、わざわざ東京から何度もお出でいただきました。そして、部員をいつも激励いただくことが大きな力になっています。たまに来てくださる先輩からは、しばしば、近頃の学生は・・・とお叱りを受けます。しかし、弓道部員は、一般の学生に比べて遙かに礼儀正しいし、先輩方もかっては同じことを言われたはずです。それを心得いただいた上で、一層のご支援をお願いしたく思います。
部長の役目は、先輩と現役部員、そして、学生部などとの橋渡しをすることと心得ています。遠藤新部長、渡辺幹事には、よろしくお願いたします。
部員へ。ほとんどの諸君が一回生の後半から、まともな部員になります。それからわずか二年で引退とは余りにも短かすぎるし、せっかく師範にお教えをいただいたのに、それを無にすることになります。成長期にある若い人にとっての年月は貴重です。もう一年続けてほしい。とくに東大戦では、相手がほとんど四年生ですから、それだけで気後れして、実力が一二分に発揮できないのが、最近の状況です。また、卒業しても弓に親しんでほしい。暇がないと弓が出来ないのではなく、時間は自分で作るものです。そして、京大弓道部の良き先輩となってほしい。
部長最後の仕事として、学生部との長年の交渉の結果、あちこちに穴のあいた道場の床の張り替えが今年実現できつつあります。あとは、七大戦での優勝を祈念するばかりです。
これから数年は、お許しいただければ、しばらく顧問格で部に首をつないでいただき、朝錬をさせてもらって、在任中に出来なかった念願の二〇射皆中を、気楽になって果たしたいと考えるこの頃です。
ありがとうございました。