新・現役のつぶやき ――― 近況ご報告に代えて
井上達雄
お世話になりました
多くの皆様にいろいろな歓送会をしていただき,身に余るおことばをいただきながら、45年近くお世話になった京都大学を去り、ここ福山市郊外にある福山大学に赴任して3ヶ月が過ぎました。京都大学在任中は皆様に大変お世話になりましたことに厚くお礼申しあげます。
4月はじめ,特に入学式のころには、構内のあらゆる街路に咲き誇る桜並木のすばらしさに感激したものです。坂が多く、とても自転車に乗れないため(勿論指定の駐車場以外には車はありません)、至って綺麗なキャンパスです。是非お越しをお待ちします。
大学のこと
この福山大学は、かっての学園紛争のとき、文部省学術局長だった宮地茂氏が、紛争に揺れる東大、京大などに失望し、理想の大学をと,30年近く前に苦労して創設された大学です.それなりに趣旨は立派ではあるのですが、逆にかえって少し堅いところもあります。このことは,私があまり慣れてしまわないうちに,いろいろな場で提言したいと考えています。大学の活力と規制はうまくバランスをとらないといけないと考えるからです.
大学は、工学部の他に、生命工学部、薬学部、経済学部、人間文化学部から構成され、学生4600人、教員250人をもつ総合大学です。
私が所属するのは、工学部機械システム工学科で、学生は1学年70人程度です。いまのところ教授7人、助教授2人、講師2人、助手3人ですから(来年度から自動車工学コースが発足し,少し増える予定)、私の授業も前期は、1年生向きの機械システム工学入門、2,3年生向きの材料力学1,3と実験1コマと比較的ゆったりしています。卒業研究の学生が6人配属されていますが、この不景気で、地元の就職口もなかなかで、今はそちらに懸命で、研究室にちゃんと来るのは、夏休み以後のようです。したがって、私のような老年教員(?)は、気楽にやろうと思えば幾らでも手抜きができます。
しかし、少し欲張りの私は、京大からたまたま「転勤」したつもりで、他の同僚の先生方と互角に「現役」の平教員として、研究も続けたいと思いでやってきました。したがって、煙たがられながらも、国内外の学会や研究会にも出席しますし、いまは、研究室の立ち上げに孤軍奮闘の毎日です。延べ数日にわたって、前任の先生から実験装置などの使い方の手ほどきを受けたつもりではありますが、殆どが初めてのものですから、取扱説明書と首っ引きで四苦八苦しています。装置の付属品の在りかがわからなかったり、また、何に使う装置かわからないものも出てくるなど、突然暗闇の砂漠に一人で放り出されたような有様です。幸い、NEDO,IMSに関わるプロジェクトを京大から持って来ましたので、そちらの仕事も続けられるのは良いのですが、その手続き、お金の使い方など、事務とのやりとりで大童です。(それにしても、事務員が圧倒的に少ないのは、私学の特徴で、学科では1名,工学部全教員約70人に対して、工学部事務室はなんと3人でやっているのは驚きです。ただし、教務は殆ど全学の教務課で扱っています。)
幸い、構内の通称"実験室の二階"(と言っていますが、われわれみたいな老年組の居室が幾つかあります)に、自炊をしながら寝起きしていますので、一人で弓の朝練で時間をつぶす以外は、徒歩5分程度の通勤時間は極めて短く、その分研究室にいる時間がゆっくりとれますから、毎日14−5時間勤務ということが可能です。
学生のこと
私学はとにかく学生や父兄を大切にします。授業料が何をおいても最大の収入源であるわけですから、もっともな話です。確かに一人百数十万円の授業料で、教職員のサラリーを出すというのは、設備の新築、維持、管理と共に大変なことと思います。講義室、学生の居室・実験室にはエアコンが効いていますが、教員室、事務室では汗をかきながら仕事をするとう有様が6月末まで続き、私も廊下を隔てた学生の涼しい部屋で仕事をしたものでした。
学生を大切にするという点でもうひとつ.2000人くらい収容できる3階まで客席のある学生会館という立派な建物があります.ここはかって高名な歌舞伎を招待したこともある会場で,立派な緞帳や広い舞台が幾重にも変化できる装置もあります.入学式では,教員は礼服姿で舞台に並び,開会の鐘の音とともに緞帳が上がるというものです.先には,例の小柴先生をお招きしてここで講演会も行われました.また,機械では,立派な実習工場があり,京大より優秀な工作機械が並んでおり,熟練した2人の助手の方が,よくやってくれます.
18歳人口減のこの時勢,どこも同じですが,良い学生を獲得するために多くの努力が払われています.今は,高校訪問をして,優秀な高校生の推薦を依頼中です.入学試験も,普通の試験以外に,推薦入試,指定校入試,大阪,広島など主要都市での地方試験,それに京大でも昨年からはじまったオープンキャンパスが3回予定されていますから,先生方も大変です.
おわりに
無駄話をしているうちに紙数がなくなりました.先に新任教員の紹介をするという学報に,"ものごとを成就するには、努力が必要です。努力を重ねることによって、9割は目標が達成できる(あとの1割は運と、そして,[残念だが]どうにもならない潜在的資質・能力)。それが私の信条です"と書いたのですが,学生諸君に,なんとか努力とそれによって裏付けられた自信を持つことが大切と,京大の学生と同じ気持ちで接していきたいと思っています.
国立大学もこれからの法人化を迎えて,経営的には私学との差が縮まって来るようです.京都大学が,いつまでも京都大学らしく"学問の府"でありつづけるために,現役の皆様の一層のご尽力―――とくに,ゆっくり思索し,真の学問をうち立てる努力―――を心から期待します.それとともに,将来競合する私学の良いところは取り込んで,立派な卒業生を育成して頂くことを祈念いたします.